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『在宅ターミナルケアのある暮らし』

2008-01-08 17:26:18

生活思想社の本『在宅ターミナルケアのある暮らし』続・高齢者グループリビング[COCO湘南台](西條節子著)から、生活の中での看取りを見てみましょう。

11月のブログで紹介した『在宅支援診療所サポートセンター発起会』の会場で売られていた本です。

グループリビングとは……小規模で行う共同生活であり、地域とのつながりを持つ生活
[COCO湘南台]での暮らし方
自立と共生
自立とは……単に、衣服の着脱、食事の摂取、排尿・排便などが自力でできるかということではなく、“自由な言葉や態度で意思決定できること”
故に、[COCO湘南台]は、参加型(共同運営型:生活ルールをみんなで考える。費用の使い方を見えるようにする)生活で、プライバシーを大切に(干渉しあわない)。
地域との交流
施設内だけで完結する人間関係ではなく、地域と交流しながら社会貢献を考え実践。(サロンコンサートを開き、地域住民との交流の輪を作っている)
地域の質の高い保健・医療・福祉サービスとネットワークして安心を担保し、健康に暮らす。(多くの老人施設は、その施設内で福祉・保健サービスがある。便利だけれども、人間関係がその施設内だけで完結し、地域へ広がらない)

癌患者(八重さん)の看取り:末期の胃癌で、余命三ヶ月から一年と診断。手術は拒否。
[COCO湘南台]の生活者でありコーディネーターである筆者は、「今までと変わりなく普段着で横にいる。ジーッと何もいわずに横にいるだけでもいい。介護が必要になってくる時の準備さえしておけば」と言う思いで、八重さんと「家に帰ろう」と決心しました。

八重さんの生活を見守りながら、筆者が考えた事
・ターミナルケアとは、求められることを手伝いながら“人がそこにいる”それだけでいいのかもしれない。
・終わりの日まで、皆の雑音にまぎれこんで生きていく。刺激にたいする免疫力が湧いてくるかもしれない。
・いつものように笑い転げる夕食風景は、笑いが免疫力を高めるかもしれない。
・住み慣れた布団で使い慣れた家具に囲まれ、仲間の生活音を聞き、いつもの交流をしながら最後の一瞬まで生きて終わりたいという希望を素直に受けることが、ターミナルケアの心。
・終わりよければすべてよし、一日一日少しでも眼を輝かせて生きてくれるのが嬉しい。

死の二ヶ月程前:八重さんが、告別式の手順を友人に指示、友人も快く引き受けた。

みるみる症状が悪くなってきた頃:主治医、看護師、ケアマネージャー、ヘルパーたちチームが、いつでも連絡でき、緊急サポートできる体制を確認。八重さんに、「すべてをまかせて、大きな森のなかで、ゆり籠に寝た気分で……」と看護師さんやヘルパーさんを紹介し、話し合ったうえで、メンバーに身を任せることの合意を得る。

「明日は無理かな」:主治医が看護師に伝え、緊急カンファレンスで、延命措置をしない方法を話し合う。

別れの会話:「ビールが飲みたくなっちゃった」ストローでグラスの二分の一を飲み、「あ―、おいしい」と満面の笑み。

最期の日:死亡を確認した後の主治医の言葉は「皆さんよく頑張ったね」というねぎらいの言葉。この言葉は、一丸となって送ったみんなの心を慰め、いたわりとなって緊張からときはなたれ、みんな優しい表情にかえっていったといいます。

よりよいターミナルケアを受けるためには、元気なうちに生と死をみつめて、あらかじめの自己決定をしておくことが必要だともいいます。
最後にお世話してくれる方にお願いしておくこと(資産の事、葬儀の事など)を、あらかじめ遺言書の形式にしておくのがよいと、遺言書を書くことを勧めています。


グループリビングは、まだ日本ではなじみの薄い住み方です。
核家族化し、個を重んじた住み方をしてきた戦後世代が高齢者になる今、再び注目されている地縁や共同での生活。この住み方がどこまで浸透するかは、今後注目すべき事でしょう。

筆者は言います。グループリビングに入居するのは、体力的にも、精神的にも柔軟性のある60代後半から70歳くらいまでがいいのではないかと。
夫婦の老後・おひとりさまの老後、最期の時の過ごし方、この世にいなくなった時の事。
グループリビングにせよ、ターミナルケアにせよ、超高齢化社会を快適に過ごすためには、充分な事前準備が必要な事は間違いないようです。

(松尾 陽子)

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