なんら大きな病気をすることはなくとも、老衰により身体が衰えて、いろいろな医療措置が必要になる場合があります。
水分や栄養補給のための胃ろう
(胃ろうについてのページをご参照下さい)
吸痰のための気管切開
今回は、吸痰のための気管切開についてです
高齢になると痰が増えてきます。嚥下力の低下とともに、痰が肺へ入り肺炎を起こす可能性もあります。痰がとれないと高齢者自身も苦しむことになります。
また、在宅の場合、家族の負担も多くなります。
そこで、痰を吸引する目的のために、気管切開をする場合があります。
トラヘルパー(経皮的気管穿刺針)
ミニトラック
といわれるものです。
人工呼吸器のための気管切開チューブよりも細く、本人への負担も少ないと言われています。
十分に痰をとることができるのも、本人にとってはよいかもしれません。
ただし、清潔には十分注意を払う必要があります。
在宅での管理の場合、主治医や看護師に注意点をよく聞いて管理する必要があるでしょう。
高齢者の終末期
その始まりがいつなのか、本人も家族もわからない時が多いのが特徴ではないでしょうか。
ある日突然倒れたとしても、それが終末期の入り口だとは考える事は少ないように思います。そして、良くなったり悪くなったりを繰り返していくうちに、いわゆる終末期という時期を迎える事が多いのではないでしょうか。
82歳になった父が倒れた時も、私たち家族は、ただ足腰が弱っただけだと思っていました。その後の検査で、どうやらギラン・バレーという病気だったと言うことがわかるのですが、わかった途端、人工呼吸器の問題が目の前にぶらさがってきたのです。
ギランバレーについて:難病情報センターHP
家族にとっては、まさに青天の霹靂でした。
人工呼吸器をどうするかと問われ、考えがまとまらないまま「先生にお任せします」という事になりました。
自発呼吸が戻った頃、人工呼吸器からの気管挿管が苦しいのか自分で抜こうとしている父の姿に愕然としました。
すぐさま主治医のところへいき「この人工呼吸器が外れたら、もう二度としないでほしい」と言いました。「ご家族全員のご意見ですか」と聞く医師に「はい」と答えたけれども、そうではなかったのです。

何故そんなに簡単にあきらめることができるのか、という家族。
一晩話し合い、一晩頭を冷やし、結局私の意見に同意してくれた家族。
家族といえども、その思いがさまざまである事を、この時改めて思い知ったのです。
そして、切に元気なうちから終末期の事を考える大切さに気づかされたのです。そして、家族全員との話し合いが……
今、問題になっている「後期高齢者医療制度」では、その中で“死を迎えることとなる”とはっきりいっています。
何かと問題が多い制度ではあると思いますが、私たちは今一度、逃れられない運命である「死」と向き合う必要があるのではないでしょうか。
個々人が死と向き合い、家族や知人に意思を伝えておくこと、これが自らの命の尊厳を守ることになるのではないでしょうか。
あなたや、あなたの大切な人の「胃ろう」や「吸痰のための気管切開」について決定を迫られる時がくるかもしれません。
その時、あわてないために
その時、医師の話が十分理解できるためにも
元気なうちから、いろいろ情報を集め、考え、そして意思表示をしておく事が大切だと思います。
後期高齢者医療制度については、リポーターの佐々木さんが詳しく書かれています。
(松尾 陽子)