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延命中止を決定する時―医療者との信頼関係とは―

2008-05-26 17:17:55

 前回紹介の映画「終りよければすべてよし」の中で、過剰な延命措置への問題提起として「富山県射水市民病院・人工呼吸器取り外し事件」をあげています。

富山県射水市民病院事件とは
 2006年3月25日、富山県射水市民病院で人工呼吸器を取り外されて患者が死亡したという問題が発覚しました。
2000年から2005年にかけて、外科部長が、意識がなく回復の見込みがない担当患者7人(うち5人はがん)の人工呼吸器を外し、全員が死亡したという事件です。
 外科部長は、「いずれも家族の同意を得ている。うち1人は家族から本人の意思も確認できた」と説明しています。
 病院によると、カルテには「家族の同意」を示す記述があったけれども、本人の同意書はないとしています。

 映画でもふれていますが、この外科部長はこの事件発覚後左遷され医療現場から離れました。患者家族らは、外科部長の現場復帰を求めて署名運動をしたと言います。このような患者家族らの信頼は、何を意味するのでしょうか。

 日経メディカルオンラインから、元外科部長へのインタビューを紹介します。
元外科部長へのインタビューより

DSC01046.jpg(署名運動など)遺族の私への理解は、救いだった。先輩医師から言われたこと「患者さんのことだけを考えて医療をやれ、最後に助けてくれるのは患者さんだ」を実感し、ひどい状況であったが幸せを感じた。

この事件をきっかけに、厚労省が「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」をまとめたが、延命治療中止はガイドラインやマニュアルで解決できる問題ではない。第三者からの批判を避けるためだけのものだ。

現場では、明らかに変化する患者さんの状態を家族も察知する。そうした自然の流れの中で決めるものだ。
直前まで努力し、力及ばず医療の限界を感じた時、医師としてできることは、家族に死を受け入れて冥福を祈る時間を作ってあげることだ。現場にいる人間なら誰もが抱くいたわりの気持ちだと思う。

マニュアルやガイドラインではなく、医師一人ひとりが終末期医療の本質を真剣に考えるようになることが一番大切。
医師には決定権があっていいはず。患者さんのすべてを総合的に考え、一番良い治療方法を導き出し決定するのが医師の仕事。その決定には責任がある。

医師と患者・家族との信頼関係とは
インタビューの中で、元外科部長は次のように答えています。

延命治療中止を決めるのは、家族とギリギリまで救命に力を尽くしてきたスタッフにしかできないこと。延命治療の中止は、患者家族と医師とスタッフの信頼関係が前提にあるべき

この言葉に「終りよければすべてよし」のある印象的なシーンを思い出しました。
それは、末期がんの高齢女性の「受けられるだけの医療を受けてきた」という満足感にあふれた笑顔です。

信頼する医師にできるかぎりの医療をしてもらったという思いは、遺された者への最大のグリーフケア(悲嘆ケア)となるものではないでしょうか。


終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン
 
患者、家族、医療・ケアチームの間での合意形成の積み重ね(話し合い)が重要

終末期医療及びケアの方針の決定手続き
(1)患者の意志が確認できる場合
・インフォームド・コンセントに基づく患者本人の意思決定が基本
・患者と多専門職種の医療従事者とが十分な話し合いをし、患者が意思決定を行い、合意文書をまとめておく。
・患者が拒まない限り、決定内容を家族にも知らせることが望ましい。
   
(2)患者の意志の確認ができない場合
患者の意思確認ができない場合
・家族が患者の意思を推定できる場合―推定意思を尊重。
・家族が患者の意思を推定できない場合―患者にとって何が最善であるかについて家族と十分に話し合う。
・家族がいない場合及び家族が判断を医療・ケアチームに委ねる場合―患者にとっての最善の治療方針をとる。

(3)複数の専門家からなる委員会の設置
治療方針の決定に際し、医療チームとケアチーム、患者と医療従事者、家族、家族と医療従事者の間で、話し合いのうえの合意が得られない場合、複数の専門家からなる委員会を別途設置し、治療方針等についての検討及び助言を行うことが必要。

積極的安楽死については、このガイドラインでは対象としないことを明記しています。

マニュアルがあっても現場では
岐阜県立多治見病院・倫理委員会は、2006年10月に病院が独自に決めた延命治療中止のガイドラインに従い、80歳代の男性の延命治療中止を容認。が、刑事訴追を恐れ延命治療中止を断念。男性は次の日に死亡。この男性は、96年7月14日付で「重病になり、将来再起(の可能性が)ないとすれば延命処置をしないでほしい」とする文書を家族に託していた。

参照したHP
厚労省、平成10年、21世紀の末期医療:
http://www.saiseikai.com/hamanasou/newpage3.htm


富山県射水市民病院の呼吸器取り外し問題:
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20070329ik08.htm
http://www.usetm.com/jp/news/viewarticle.asp?id=849

厚労省HPより
終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン:
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/05/dl/s0521-11a.pdf

解説編:
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/05/dl/s0521-11b.pdf


日経メディカルオンライン
http://medical.nikkeibp.co.jp/all/welcome.html

この記事のURLコメント(2)

Posted by 松尾陽子 at 2008-06-01 11:37:12

佐々木様、コメントありがとうございます。良い医師との出合いは大切ですね。けれども、そこにはどうすることもできない運命的な部分もあります。佐々木様が担当医師と根気よく自分たちの希望について話しあわれて、先生に気づきがあります事をお祈りするばかりです。医師と、ご主人の人生を振り返るような話をする機会があれば、先生も「患者としてのご主人」ではなく「一人の人間としてのご主人」に気づきかれるかもしれません。もしそうなれば、一人の人間としての尊厳を考えた医療をして下さるかも……などと思っていますが、いかがでしょうか。

Posted by 佐々木和恵 at 2008-05-28 11:53:31

難しい問題に果敢にアタックされていて、思わず居住まいを正しました。
私は自分のこととして拝見しました。患者と医師の信頼関係は本当に大事ですね。私はそのような医師とであうことができずにいまして、そのことがとても不安なんです。夫や私にしたら命と人間としての尊厳のかかった問題なのに、医師はたいてい抑圧的に対してこられます。私はいつもそれに対して闘わなくてはならない感覚があり、本当にいざという時を迎えた時、夫に一番いいようにする判断を誤らずにいられるか、ととても孤独になります。
もし、医師が夫や私の尊厳を受け入れて下さり、それにそった処方をして下さり、それで医師が世間から糾弾されるようなことになったら、私は自分の全部をかけて医師を守ろうとするだろうと思います。
こうした”思い””覚悟”が日に日に重くなる経緯もまた切なく。

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