
8月は日本人が、戦争や平和や命について思いを馳せる月。
8月6日は広島、9日は長崎の原爆記念日、15日は終戦記念日。
折しも盂蘭盆のこの時期に戦争が終結したというのも、感慨深いものがあります。
「子の墓へうちの桔梗を、少し買いそえて持つ」松尾あつゆき(『原爆句抄』(1975)所収)
長崎で被爆し、三人の子どもと妻を失った作者。戦後二十年経てもある心の奥底に残る悲しみが伝わってきます。
誰もが経験する大切な人との死別。その深い悲しみとはどのようなものでしょうか。
死が日常から遠ざかり、地域や人間のつながりが希薄になった現代社会では、この死別の悲しみについて知ることと、その悲しみにある人たちへの手助けが必要とされています。
この、死別の悲しみにある人たちへの手助けを、グリーフケアと言います。
『死別の悲しみを癒すアドバイスブック』(
キャサリン・M・サンダーズ 著、白根美保子 訳 筑摩書房)という本を読みながら、死別の悲しみとは、どのようなものなのか、なぜ、今、グリーフケアが求められているのかについて、考えてみたいと思います。
著者の死別体験
著者は、4歳の時に同居していた叔母、18歳の時には父の死を経験します。また、17歳の息子を事故で亡くし、その後の十年の間次々に訪れた肉親の死。著者は、これらの経験を通じ、愛する者との死別について学んでみたいと思うようになります。
喪服の事
研究していくうちに、著者は現代社会が死別の悲しみを否定しているのではないかと思うようになりました。著者は「喪」の服装の習慣に、それがあらわれているといいます。
本には、「喪服には、周囲の人々へ思いやりを示す事の必要性と、遺族にはその思いやりを素直に受けとめなさいというメッセージがある」と書いています。
皆さんは、このような喪服に込められた意味を考えた事があるでしょうか。
私は22歳で母を亡くした時、葬儀のための休暇を終えて始めての出勤の朝に選んだ服は、ワインレッドのワンピースでした。「黒っぽい服がふさわしいのかな」と思いつつも、気持ちを仕事へと切り換えるため、そして、周囲の人へ余計な気遣いをしてもらいたくないという気持ちから、その服を選びました。
今考えれば、もう少し素直に悲しみの気持ちを表してもよかったかなと思っています。
鈍色―源氏物語にみる喪の習慣
日本には古来から悲しみを表す色があるのをご存知でしょうか。
それが「鈍色(にびいろ)」です。
大切な人を失った時、人々はその深い悲しみを色で表現していました。
最初は濃く深い鈍色、そしてその悲しみが癒えるに従い、浅く明るい鈍色へと着替えていったのです。
鈍色については、こちらをご覧下さい。
蘇る王朝の美 源氏物語の色
今年は、源氏物語千年紀です。興味のある方は、こちらもどうぞ
源氏物語千年紀 紫のゆかりふたたび―2008年源氏物語が登場して千年を迎えます
では、再び本を見ていきましょう。
死の教育
本では、死に関する教育についてもふれ、「死を身近に体験することが少なくなった現代社会では、死別のプロセスについて人々に文化的な教育を施す必要があると思う」と書いています。
昔は、家庭内に死がありました。死別の悲しみを目の当たりにした子どもたちは、死を悼む人々の心理状態や、そういう人々への思いやりを、自然に知ることができました。
著者は、子どもの頃のこの訓練がとても大切なことだと書いています。
死を取り巻く社会情勢の変化から、死が日常生活から遠ざけられた今、人々はこのような訓練を受けることなく、死を経験します。
どのようなことでも、適切な情報を持って立ち向かえば、まったく準備ができていない場合よりうまく対処することができる、と著者は言います。
以前、
アルフォンヌ・デーケン氏の講演会でも、同じ話を聞きました。
デーケン氏は、皆がより良い人生を送るために、今後必要なが四つあると言います。
(1)青少年への死生観の教育
(2)ホスピス・ボランティアの養成。
(3)デイケア・ホスピス。
(4)家族への悲嘆教育
再生
「この悲しみが終わる日がいつか来るのですか?」
そう聞かれた時、著者は必ずこう答えると言います。
「それは必ずいつか終わる」
次回は、グリーフ(喪失の悲嘆)の中味について見ていきたいと思います。
参考にしたHP
葬祭研究所
清水哲男『新・増殖する俳句』
(松尾 陽子)