先週に引き続き、『在宅療養支援診療所サポートセンター開設記念シンポジウム』(2007年10月13日(土)開催)のお話です。
地域の主治医として在宅医療を実践している診療所と、グループホームでの看取りなど、地域での看取りについてのお話です。
『街角ホスピス』実現のために……
あおぞら診療所 所長 川越正平氏
http://www.aozora-clinic.org/あおぞら診療所HP
(あおぞら診療所は、1999年4月「主治医の思想」を実践する診療所としてスタートしました。)
あおぞら診療所は、複数医師体制の在宅療養支援診療所です。
早くから『主治医の思想』を実践している当診療所は、在宅患者に24時間、365日の安心を提供しています。そして今、『地域の在宅ケア推進』の先頭に立つ社会的責任があると思っています。
私たちの考える『主治医』は、患者の病気のみならず、生活全体を最後まで責任を持ち続けることだと考えています。
当診療所では、3人の医師のグループ診療で、360日24時間体制を維持しています。
また、365日24時間体制を維持するために、地域の医師との“ゆるやかな連携”をとっています。
“ゆるやかな連携”とは、例えば、自分を主治医とする患者が入院した場合、入院先の医師と話し合って、退院の準備すなわち在宅での医療の準備をするといった事です。
医療間の連携により、医療の密室性を打破することが、患者中心の医療への道であり、患者が安心して在宅療養を選べる体制作りができるのだと思っています。
患者が安心して在宅療養に移行できて始めて、地域や家族に見守られて安らかな最期を迎える『街角ホスピス』が実現できるのです。
けれども、在宅での医療には限界があるのも事実です。
地域での看取りには、グループホームでの在宅療養も視野にいれていく必要があります。
「グループホームでの看取り」
医療法人 “癒しの会”野村内科クリニック院長 野村良彦氏
http://www.nomura-naika.jp/top.html 野村内科クリニックHP
(グループホームとは、認知症高齢者が家庭的で、落ち着いた雰囲気の中で生活し、その人らしい生活をすることができる施設です。)
当院では、平成7年から在宅医療を実施していましたが、在宅医療元年と言われる平成18年から「在宅療養支援診療所」としてグループホームにもかかわり、住み慣れた場所での看取りを重視してきました。
グループホームは、介護保険上で“居宅”とされています。
グループホームでの在宅ケアは、入院医療をそのまま持ち込むのではなく、最低限の医療で、家族が在宅医療を持続できるようにすることだと考えています。たとえば、点滴などせず、自然にまかせて死を迎えるという事です。
グループホームでの看取りの実例。
★例1―前日まで食事を摂ることができた―
入所して4回目の訪問看護が、看取りのためのものでした。
死亡当日の朝、「もう食べられないから、おしまいか」と言い、緩和ケアにより、痛みなく死を迎える事ができました。
【家族の声】あと三日くらいしかもたないだろうとの連絡を受け、二日間、つきっきりで夜も横に寝ることができました。看取りの後、満足感がありました。
★例2―看取りのためにホームに入所―
家族が、食べる事が大好きだった患者に口からものを食べさせたいという思いから、ホームへ入所してきました。(老人が嚥下困難に陥った時など、胃ろうという処置が施される事がある。胃ろう:胃に穴を開け管を通して栄養摂取する処置)
NPO法人 PEGドクターズネットワーク http://www.peg.or.jp/eiyou/index.html(胃ろう入門)
ホームにきてから、20日後に死亡しましたが、ホームでは希望どおり、口から食事をしていました。
亡くなる日の昼食後、昼寝のつもりで目を閉じたのが、最期でした。
【家族の声】本人、家族の思いが一致し、それが、満たされました。
ホームでの看取りは、その人の人生を共有することです。
関わったスタッフには達成感があり、他の利用者は、自分にもいずれ訪れるであろう死を、自然に受けとめる事ができ、死を恐れなくなります。
いかがでしたか?
家での看取り、グループホームでの看取りに、私は『死を見つめる医療』という言葉が思い浮かびました。
死を見つめ、死を受け入れる医療が、家族が死を自然のものとして受け入れる事へつながり、看取った後の満足感となっているような気がします。
(松尾 陽子)