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<title>誰でも通る、延命治療、終末期医療</title>
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		<title>『のんびる取材より』子育て支援NPOままとんきっず</title>
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		<summary type="text/html">『ままとんきっず』ちょっと不思議なこの名前。 “とん”は豚？と思い浮かべHPを見....</summary>
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		<dc:subject>その他</dc:subject>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[『ままとんきっず』ちょっと不思議なこの名前。 “とん”は豚？と思い浮かべHPを見てみると  『ママとキッズ　ママ　アンド　キッズから生まれました。 ママ豚？と間違える方もいらっしゃいますが、スマートな私たちには似合わないでしょ・・・クスクス』  “元気とユーモア”ぴか一のままとんきっずです。  今月のキーワードは「まめ」です。<u><b>ままとんきっずについて</b></u> 理事長の有北いくこさんが、子育て仲間のお母さん達5人で作った情報誌「ままとんきっず」がこのNPOの出発点です。 “子どもに優しい街はみんなに優しい”をテーマに、乳幼児を育てているお母さんたちが本当に欲しい情報集めた128ページの冊子を発行。以後、お母さんたちの「あったらいいな」という、子育ての中から出てきた様々な思いを実現してきました。  一時預かり、産後家庭ヘルパー、ままとんサロンにみんなの講座や数々の出版物。 そしてCD「まめのうた　まめまめびーんず」  <u><b>ままとんきっず発！</b></u> <a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01243.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01243_s.jpg" alt="DSC01243.jpg" height="89" width="119"></a> CD「まめのうた」は柔らかなマリンバの響きと <img src="http://secondleague.net/cgi-bin/emoji/mark_01.gif" alt="mark_01" align="middle">まめまめま〜めっ　びびびびびーんず<img src="http://secondleague.net/cgi-bin/emoji/mark_01.gif" alt="mark_01" align="middle"> という歌声で始まる歌。 その軽快なリズムに、思わず体が動き出します。  一粒の豆の中には、次世代の生命を育てるための栄養素がバランスよくつまっているとか。 そうです、豆は命の源です。 豆の元気を頂いて、次世代を元気いっぱい育てよう！ 悩んでいてもしようがない。あきらめないで自分達で道を切り開こう！ そんなメッセージが聞こえてきそうな音楽です。  <a href="http://arikitamusic.parfe.jp/mame" target="_blank">まめまめビーンズ（CD試聴）：http://arikitamusic.parfe.jp/mame</a> <a href="http://mamaton.seesaa.net/" target="_blank">2008年ままとんまつりブログ（http://mamaton.seesaa.net/）</a>  <u><b>現代子育て事情</b></u> <b>虐待の多くに共通するのは、親が子育てに関し孤独を感じていること</b> 2007年11月7日  読売新聞の特集記事です。 子どもと一緒にままとんサロンに通っていたという保育スタッフは「子育てしていて一番つらかったのは孤独」だと言います。  <b>母親のひきこもりで、子どもが「くる病」に</b> 平成18年1月の「小児保健研究」（日本小児保険協会）に発表された事例です。 母親が自宅に引きこもっていたため、日光浴もままならなかった乳児が「ビタミンD欠乏性くる病」と診断されたというのです。 このような事例の報告が、最近増えているという事です。 <u> <b>みんな集まれ！</b></u> 孤独な子育てに奮闘中の方、一人で頑張らないで、ままとんサロンを覗いてみませんか？  それぞれの地域にも、いろいろな子育て支援があります。 上手に活用してみませんか？  孤独に打ちのめされる前に、同じ思いの人たちと話てみませんか。 パパやママの元気が、心身共に健康な子どもを育てるのではないでしょうか。  ままとんきっずの有北さんは言います。 「ここで他の子ども達とふれ合ってほしい、そこに子育てにおける気づきがあります」 「多くの子どもたちを見ると、子育ては育児本通りにいかないものという事が実感できます」  <a href="http://www.mamaton.jpn.org/index.htm" target="_blank">子育て支援のNPO　ままとんきっず：http://www.mamaton.jpn.org/index.htm </a> <b>参考にしたHP</b>  <a href="http://nonbe.way-nifty.com/blog/2007/03/post_d91c.html" target="_blank">家族がいちばん：http://nonbe.way-nifty.com/blog/2007/03/post_d91c.html</a>  </a> <a href="http://www.asahi.com/edu/kosodate/kosodatenikki/TKY200805090153.html" target="_blank">朝日新聞記者の子育て日記より：http://www.asahi.com/edu/kosodate/kosodatenikki/TKY200805090153.htm</a>l  （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>グリーフケアとしてのお葬式</title>
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		<dc:subject>死生観</dc:subject>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[お葬式は亡くなった人をあの世へと送り出し、この世の人ではなくなった事を遺族が認識するための儀式です。精神的に混乱しどん底にある遺族には、多くの人が故人のために集まってくれる事が慰みにもなり、人々と悲しみを共にすることで癒しにもなるのではないでしょうか。 このようなお葬式に本来備わっていたスピリチュアルな面が忘れられ、形式化されたお葬式への疑問の声があがり、近年ではお葬式も「家族葬」「お別れの会」「自由葬」「生前葬」など多様化しています。  また、最近では葬儀社でも“グリーフケア”に注目しているようです。 今回は、私の行った父の葬儀から、葬儀におけるグリーフケアを見ていきたいと思います。<b>（１）元気なうちから家族と葬儀について話し合っておくこと</b> 家族が亡くなった時、あわてふためき葬儀社に連絡をし、悲しむ間もなく葬儀の準備やら、親族への連絡。故人や家族の関係者や自治会への対応と、遺族は心休まる間がありません。 少し前の日本では（特に経済成長期）に多く見られたお葬式ではないでしょうか。 そしてそのような葬儀の後、家族には疲れと不満が残ることも多かったのではないでしょうか。 このような事を避けるには、まずお葬式についての情報集めをする事です。そして、自分がどのようなお葬式をあげたいと思っているのかを整理してみましょう。 そして、何より大事な事を、その意思を家族へ知らせておく事です。  <b>（２）故人の意思を大切にしながらも、自分たちが行いたいお葬式をあげることも必要</b> 故人が「お金を一切かけるな」「葬式はあげるな」と言っていたとしたら、あなたならどうしますか？ 何もしないまま荼毘に付すだけで、あなたは日常へ戻れるでしょうか？ 何もお葬式にこだわる必要はないと思いますが、そこに何かが必要ではないかと思います。 故人の好きだった花や木を庭の片隅に植えるといった事や、ごく近しい人だけを自宅に招いてのお別れ会、故人との思い出の場所への旅行など、何か自分の心に区切りをつける事が必要ではないかと思います。 私の場合、父は「直葬」でもと言っていました。が、実際に「直葬」の事を葬儀社で調べた時、あまりにも寂しすぎるという気持ちがあり、家族葬を行う事にしました。  ※「直葬」は、通夜も告別式もせず、参列者は直接火葬場へ行き、そこで簡単な式をするというものです。  <b>（３）お葬式についての自分の意思を家族に伝えたなら、できれば、葬儀社へ連絡を</b> 父が入院して間もなくの頃、私は葬儀社へ連絡をし、父の意思を伝え、どのような葬儀にすれば一番いいのか、という事を考えました。 けれども、家族がこのような事を行うのは精神的にもかなりハードルが高い（縁起が悪いという思いなど）と思います。できれば自分で葬儀社と連絡をとり、家族も一緒に話を聞くというのがいいのかもしれません。  <b>（４）父の葬儀でグリーフケアとなったもの</b> <a href="http://secondleague.net/user/012/files/paneru.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/paneru_s.jpg" alt="paneru.jpg" height="119" width="59" ALIGN="left" HSPACE=2></a>  ☆　自宅での通夜。 ☆　三枚のパネル。今も大切な思い出の品。 ☆　「六甲おろし」（葬送の曲） ☆　「馬刺」（棺にそっとしのびこませたもの）  家族だけの通夜では、子ども達（父にとっては孫達）がお別れをしている姿を見ることができました。枕元に座り珈琲を飲んだり、そっとおでこをなでたりしている姿に、心癒されました。  遺影とパネル用の写真は、最初に葬儀社と連絡を取った時に必要なものとしてリストされていた（パネルは私の希望）ので、ゆっくりと時間をかけて選ぶ事ができました。  「六甲おろし」と「馬刺」は、阪神ファンだった事と、グルメだった父が入院前に食べたいといっていた馬刺の話を聞いた葬儀の担当者が用意してくれたサプライズ。一般常識ではとてもじゃないけれどNGなお葬式ですね。けれども、私にとってはとても心休まる思い出となっています。  <a href="http://secondleague.net/user/012/files/golf.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/golf_s.jpg" alt="golf.jpg" height="71" width="119"></a> 葬儀の打ち合わせで言った「父と言えばゴルフ」という一言で、祭壇にゴルフボールが飾られました。こんな小さな事にも私の心は癒されました。 　 <b>グリーフケアとしてのお葬式とは</b> ずばり“遺族の心に寄り添ったお葬式”ではないでしょうか。 そしてそれが、故人の意思を反映したものであれば、遺族の心も癒され、日常を取り戻すきっかけともなるのではないでしょうか。  今、お葬式は変わりつつあります。 けれども、その変わりつつあるお葬式に自分の意思を反映させるには、やはり事前準備が必要な気がしますが、いかがでしょうか？  <b>『のんびる』９月号では、お葬式を特集します。 </b>  これを機会に、自分や家族のお葬式の事、考えてみませんか？  <b>参考にしたHP</b> <a href="http://www.sogi-annai.com/index.html " target="_blank">お葬式消費者相談．com http://www.sogi-annai.com/index.htm</a>l  <a href="http://www.sogi.co.jp/index.htm" target="_blank">表現文化社　雑誌SOGI http://www.sogi.co.jp/index.htm </a>  <a href="http://www.urban-funes.co.jp/style/index.html" target="_blank">アーバンフューネス http://www.urban-funes.co.jp/style/index.html</a>  海や山への散骨から、遺骨で作るメモリアルダイヤモンドまで、供養の方法も様々です。  <a href="http://www.temoto-kuyo.org/ " target="_blank">手元供養協会 http://www.temoto-kuyo.org/</a>  <a href="http://www.eternal-p.com/" target="_blank">エターナルジャパン http://www.eternal-p.com/</a>  <a href="http://houjou-temotokuyou.jp/syoukai.html " target="_blank">手元供養方丈 http://houjou-temotokuyou.jp/syoukai.html</a>  <a href="http://mikagenotama.jp/" target="_blank">みかげのたま http://mikagenotama.jp/</a>  （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>グリーフケア―死別の深い悲しみにも終わりがあることを信じて―</title>
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		<summary type="text/html">今週も引き続き『家族を亡くしたあなたに　死別の悲しみを癒すアドバイスブック』  ....</summary>
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		<dc:subject>終末期医療・延命治療</dc:subject>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[今週も引き続き『家族を亡くしたあなたに　死別の悲しみを癒すアドバイスブック』 <a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01605.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01605_s.jpg" alt="DSC01605.jpg" height="119" width="89"></a> <a href="http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480842541/" target="_blank">（キャサリン・Ｍ・サンダーズ　著　白根美保子　訳　筑摩書房）</a>から、死別の悲しみについて考えてみたいと思います。その人が大切であった分だけ深いという死別の悲しみ。 その悲しみには<b>五つのプロセス</b>があります。  <b>１　ショック</b> 信じられない、混乱して考えがまとまらない、気持ちが落ち着かない状態が続きます。 大切な人の死を体験した時のショックで混乱し、人々からの助けが必要な時でもあります。その一端を担うのがお葬式です。 お葬式が終わり、人々が日常生活へと戻ると、死別の悲しみは次のステップへ移行します。  <b>２　喪失の認識</b> 精神はまだまだ混乱しています。毎日コロコロ変わる感情、止めどなく溢れる涙や突然沸き上がる怒り。 この混乱は悲しみを癒すプロセスにとって大切な時期と、じっと受け入れる事が必要です。 この混乱に疲労困憊してきた時、次なる悲しみのステップが始まります。  <b>３　引きこもり</b> 死別の悲しみによる混乱で疲労困憊した身体が、エネルギーを蓄えるための時期です。一人になって休む事が必要です。 そして、死を真正面からとらえ、死が現実に起こった事で変えることのできない事実であることを受け入れられるようになってきます。 悲しみの深い海のはるか上方に、うっすらと陽が射してきます。  <b>４　癒し</b> 自分自身を見つめ直し、大切な人のいない世界を実感する時です。一人で生きていかなければならないことを自覚し、自然治癒（癒し）の時が始まるのです。 この時期には、適切な栄養管理と適度な運動により、心身共に自然治癒力が高まっていきます。 さあ、いよいよ再生の時がやってきます。  <b>５　再生</b> 大切な人を失った世界を受け入れられるようになった時、悲しみのプロセスに終止符を打つ「儀式」を行いましょう。 そして、遠慮なく思い出話をしましょう。あなたには、思い出を持ち続ける権利があります。  五つの段階のどこに自分がいるかを知ること、そして、時間がかかっても再生の時期は必ず来るという事を信じ、今の自分を受け入れる事がなにより大切なようです。  この本を読みながら、父や母の事を思い出していました。 <a href="http://secondleague.net/user/012/files/titihaha.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/titihaha_s.jpg" alt="titihaha.jpg" height="59" width="119"　ALIGN="left" HSPACE=20></a> 父の死亡の知らせを聞いて病院に行った時の、妙に饒舌だった事。 映画のワンシーンを見ているような気持ちだった母の葬儀。 母を亡くした時の片腕をもぎ取られたような感じ。 「ああしていれば」「こうしていれば」という後悔。  こうして考えれば、私は今親を亡くしたグリーフの真っ直中にいるような気がしてきました。けれども、五十路にもなっているのに、親を亡くして悲しいというのも何か変だなという気持ちもありました。 すると本に「いくつになっても親を亡くした悲しみは大きい、その事への無理解が多い」という事が書いてあり、ほっと癒されたような気持ちにもなりました。 本を読み終わって一番に思う事は、この本を読む事が私のグリーフケアになっていたのではないかという事です。  本では、グリーフケアにける通夜や葬儀など「儀式」の大切さにも触れています（お葬式については、次回詳しく取り上げます）。 そして、思い出話や、日記やアルバムの整理もグリーフケアにとっては大切だといいます。  <a href="http://secondleague.net/user/012/files/P1070590_1.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/P1070590_1_s.jpg" alt="P1070590_1.jpg" height="119" width="119"ALIGN="left" HSPACE=20></a>時はお盆。 家族や親戚が集まる機会もあるのではないでしょうか。 亡くなられた方の思い出話をするのも、大切な先祖供養だとか。 日本人は「供養」という言葉を使い、その実、生活の中に丈夫にグリーフケアを取り入れていたのではないかと思います。  最後に、お盆つながりで、私の不思議体験を…… 母の葬儀の時の事、姉に母の死の二日前に見た夢の事を話しました。すると同じような夢を姉も見ていたのです。 「ベッドの上に起きあがり、こっちを見て笑っていた」  この本にも、予知的な夢を見る人もいるという事が書いてありました。「訪れ」と呼ばれるこの種の夢は、別れを告げるチャンスを故人に与えているような気がするとも書かれていました。  （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>グリーフケア?―「グリーフ」それは「喪失の悲嘆」</title>
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		<summary type="text/html">８月は日本人が、戦争や平和や命について思いを馳せる月。 ８月６日は広島、９日は長....</summary>
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		<dc:subject>死生観</dc:subject>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://secondleague.net/user/012/files/P1070593_1.jpg" alt="P1070593_1.jpg" height="200" width="150" ALIGN="left" HSPACE=20>８月は日本人が、戦争や平和や命について思いを馳せる月。 ８月６日は広島、９日は長崎の原爆記念日、15日は終戦記念日。 折しも盂蘭盆のこの時期に戦争が終結したというのも、感慨深いものがあります。  <b>「子の墓へうちの桔梗を、少し買いそえて持つ」</b>松尾あつゆき（『原爆句抄』（1975）所収）  長崎で被爆し、三人の子どもと妻を失った作者。戦後二十年経てもある心の奥底に残る悲しみが伝わってきます。  誰もが経験する大切な人との死別。その深い悲しみとはどのようなものでしょうか。 死が日常から遠ざかり、地域や人間のつながりが希薄になった現代社会では、この死別の悲しみについて知ることと、その悲しみにある人たちへの手助けが必要とされています。 この、死別の悲しみにある人たちへの手助けを、グリーフケアと言います。<a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01605.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01605_s.jpg" alt="DSC01605.jpg" height="119" width="89" ALIGN="left" HSPACE=20></a>  『死別の悲しみを癒すアドバイスブック』（<a href="http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480842541/" target="_blank">キャサリン・Ｍ・サンダーズ　著、白根美保子　訳　筑摩書房）</a>という本を読みながら、死別の悲しみとは、どのようなものなのか、なぜ、今、グリーフケアが求められているのかについて、考えてみたいと思います。  <u><b>著者の死別体験</b></u> 著者は、４歳の時に同居していた叔母、18歳の時には父の死を経験します。また、17歳の息子を事故で亡くし、その後の十年の間次々に訪れた肉親の死。著者は、これらの経験を通じ、愛する者との死別について学んでみたいと思うようになります。  <u><b>喪服の事</b></u> 研究していくうちに、著者は現代社会が死別の悲しみを否定しているのではないかと思うようになりました。著者は「喪」の服装の習慣に、それがあらわれているといいます。 本には、「喪服には、周囲の人々へ思いやりを示す事の必要性と、遺族にはその思いやりを素直に受けとめなさいというメッセージがある」と書いています。  皆さんは、このような喪服に込められた意味を考えた事があるでしょうか。 私は22歳で母を亡くした時、葬儀のための休暇を終えて始めての出勤の朝に選んだ服は、ワインレッドのワンピースでした。「黒っぽい服がふさわしいのかな」と思いつつも、気持ちを仕事へと切り換えるため、そして、周囲の人へ余計な気遣いをしてもらいたくないという気持ちから、その服を選びました。 今考えれば、もう少し素直に悲しみの気持ちを表してもよかったかなと思っています。  <b>鈍色―源氏物語にみる喪の習慣</b> 日本には古来から悲しみを表す色があるのをご存知でしょうか。 それが「鈍色（にびいろ）」です。 大切な人を失った時、人々はその深い悲しみを色で表現していました。 最初は濃く深い鈍色、そしてその悲しみが癒えるに従い、浅く明るい鈍色へと着替えていったのです。 鈍色については、こちらをご覧下さい。 <a href="http://www.sachio-yoshioka.com/2002jp/0109/p10.html" target="_blank">蘇る王朝の美　源氏物語の色</a>  今年は、源氏物語千年紀です。興味のある方は、こちらもどうぞ <a href="http://www.2008genji.jp/index.html" target="_blank">源氏物語千年紀　紫のゆかりふたたび―2008年源氏物語が登場して千年を迎えます</a>  では、再び本を見ていきましょう。  <u><b>死の教育</b></u> 本では、死に関する教育についてもふれ、「死を身近に体験することが少なくなった現代社会では、死別のプロセスについて人々に文化的な教育を施す必要があると思う」と書いています。 昔は、家庭内に死がありました。死別の悲しみを目の当たりにした子どもたちは、死を悼む人々の心理状態や、そういう人々への思いやりを、自然に知ることができました。 著者は、子どもの頃のこの訓練がとても大切なことだと書いています。 死を取り巻く社会情勢の変化から、死が日常生活から遠ざけられた今、人々はこのような訓練を受けることなく、死を経験します。 どのようなことでも、適切な情報を持って立ち向かえば、まったく準備ができていない場合よりうまく対処することができる、と著者は言います。  以前、<a href="http://secondleague.net/user/012/012/1256.html#more ">アルフォンヌ・デーケン氏の講演会</a>でも、同じ話を聞きました。 デーケン氏は、皆がより良い人生を送るために、今後必要なが四つあると言います。 （１）青少年への死生観の教育 （２）ホスピス・ボランティアの養成。 （３）デイケア・ホスピス。 （４）家族への悲嘆教育  <u><b>再生</b></u> <b>「この悲しみが終わる日がいつか来るのですか？」</b> そう聞かれた時、著者は必ずこう答えると言います。  <b>「それは必ずいつか終わる」</b>  次回は、グリーフ（喪失の悲嘆）の中味について見ていきたいと思います。   <b>参考にしたHP</b> <a href="http://www.sousaiken.com/ssk/naruhodo/komemushi.html" target="_blank">葬祭研究所</a> <a href="http://zouhai.com/index.html" target="_blank">清水哲男『新・増殖する俳句』</a>  （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>『のんびる』取材より</title>
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		<summary type="text/html">『のんびる』８月号の“はじめる情報”で紹介したフェアトレード商品のお店「ぶりっぢ....</summary>
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		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[『のんびる』８月号の“はじめる情報”で紹介したフェアトレード商品のお店「ぶりっぢ」。 代表の荒井さんは「この店ではストーリーを売っている」とおっしゃいます。  今月のキーワードは<b>「ストーリー」</b>です。  地球には様々なストーリーがあります。文明の力でいわゆる文化的で快適な生活を送っている私たちが想像もできない世界がそこにあります。 今回は、そのストーリーの中から一人の日本人を紹介します。 ネパールとの運命的な縁を感じて山奥の村々を歩き、支援しているOKバジこと垣見一雅さんです。<b>ハチドリのひとしずく</b><a href="http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334974916" target="_blank"> 「ハチドリのひとしずく、今私にできること」光文社HP</a> 垣見さんは著書の中で、「ハチドリのひとしずく、今私にできること」の話を紹介し、村々をまわればまわるほど限りなく出てくる問題への支援を、このハチドリの一滴に例えています。 そして、たくさんの鳥たちが火を消し始めてくれて、一滴の水が一枚の葉の火を消していることを実感できるようになったとしています。  この火を消し始めたくれた鳥たちの一つが、「ぶりっぢ」です。  <a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01603.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01603_s.jpg" alt="DSC01603.jpg" height="119" width="89" ALIGN="left" HSPACE=20></a><b>―垣見さんの事―</b>『OKバジ』（垣見一雅・著　サンパティックカフェ・発行　（株）星雲社・発売）より  <b>OKバジ</b>は、垣見さんが連発する「OK」という言葉を耳ざとくキャッチした子どもたちがつけたニックネーム。バジとは、じいさんという意味。  <b>天の導き</b> 雪崩で死んだポーター、バス事故で肋骨を折った事、この二つの事故を「天の導き」と感じて垣見さんのネパールへの支援が始まります。  <b>ネパールの山奥で見たもの</b> 紙もえんぴつも見たことがないという村の子どもたち。 貧しさと教育の欠如から、医者や病院に行くことができない貧困の悲劇。 子どもをおぶって病院へと向かう途中で、母親の背中で息を引き取った幼い子ども。 差別を受け、時には親にも見捨てられたような障がいを持つ子どもたち。  <b>支援への疑問</b> 当初は形だけの支援だったと言う垣見さん。 ところが、一見素朴で無欲に見える村人たちへの純粋な支援が金欲をあおってしまう現実にぶちあたります。自分が、テレビのように、これでもかこれでもかと物欲をあおっているような気がしてくるという垣見さん。そんな時、勇気づけてくれた二つの言葉があります。  <b>If　you　judge　people,　there　is　no　time　to　love　them.</b> こんな人、あんな人と言っていると、その人に愛を注ぐ時間がなくなっちゃうよと叱られているようなマザーテレサの言葉  <b>If　I　cannot　do　great　things,　I　will　do　small　things　in　a　great　way.</b> 大きなことを考えるより、目の前の小さなことをしっかりやれればすごいことだという、カナダの友人。  そして垣見さんは言います。 ……もう考えるのをやめよう。<b>「できることをします」</b>とはっきり言えばいい。 村人と一緒に生きていたい、一緒にいたい、だから自分にできることをさせてもらおう。  <b>愛の種蒔く農夫</b> ある雑誌に「なぜ人間は両足で立つようになったのか」と題し、「あまった両手を“はいどうぞ”と他の人に貸すためだよ」と書いてあった事を思い出した垣見さんは、日本や世界からの“愛の種”（支援）を、ネパールの山奥に蒔く農夫になりたいと思います。  また、「愛の種」を残すほんの一つの初歩的な思いつきとして、ユースクラブが責任を持って月２％でまわしてくれるファンドを創設。2000年から四つのファンドが動き出しました。  １、貧困のため小学校に通えない子どもたちのために ２、政府からも村からも、親からも見捨てられているかもしれない身体障害児のために ３、病院へチェックにもいけない病を抱えた子どもたちのために ４，教師の給料のために  <b>ぶりっぢが蒔いた愛の種</b> 2007年山奥の学校となりました。学校の壁には「BRIDGE（ぶりっぢ）」の名が刻まれたプレートが飾られています。<a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01157.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01157_s.jpg" alt="DSC01157.jpg" height="89" width="119" ALIGN="right" HSPACE=20></a>  村から届いた感謝状 <a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01150.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01150_s.jpg" alt="DSC01150.jpg" height="89" width="119"></a><a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01152.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01152_s.jpg" alt="DSC01152.jpg" height="89" width="119"></a>  フェアトレード商品を、こんなストーリーを聞きながら購入する……。その商品を手に取り、そこに生きる人々の生き様までも感じることができたなら、そして、子どもたちの笑顔を思い描くことができたなら、私たちにとっても喜びとなるでしょう。それこそがフェアトレード商品を購入するということかもしれません。  <a href="http://www.bridge.e-ichihara.jp/index.htm" target="_blank">ぶりっぢHP：http://www.bridge.e-ichihara.jp/index.htm</a>  （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>お風呂が自宅にやって来る！　ご存知ですか？　入浴サービス</title>
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		<dc:subject>高齢化社会を生きる</dc:subject>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[いよいよ夏本番。 夏休みには、家族で温泉と言う方も多いのではないでしょうか。 日常の喧噪から解き放たれた露天風呂、小粋に竹酒なんぞをちびりとやれば極楽・極楽。 遠くまで行かずとも、町中のスーパー銭湯でも、自宅のお風呂でも入浴剤を入れたり、ゆったりと半身浴を楽しんだりと、お風呂好きの日本人は、お風呂上手の日本人ですね。  もしあなたが、高齢などの理由により身体の自由が効かずお風呂に入れなくなったら、どうしますか？ 大きな楽しみが一つなくなったような気になりませんか？そんな時のためにあるのが「訪問入浴サービス」です。 浴槽が自宅へとやってきます。 私が初めて見たのは、あるマンションの入り口。 小さな煙突つきのワゴン車がとまったと思ったら、中から浴そうが出てきました。  訪問入浴車 <a href="http://www.nippon-foundation.or.jp/vol/sharyo/homon.html" target="_blank">日本財団HP：http://www.nippon-foundation.or.jp/vol/sharyo/homon.html</a>  訪問入浴サービスとは、自宅のお風呂では入浴が難しくなった人のために、移動浴槽を自室へ運び入れての入浴サービスです。 通常看護師１名とスタッフ２〜３名で、健康チェックを行いながら入浴サービスを行うそうです。  では、日本ホスピス・在宅ケア研究会、第１６回千葉大会（7月12・13日）から「看取り前の入浴サービス」のお話を紹介します。  <b>事例１</b> 死亡日の前日に、本人が「新たな旅立ちのために、綺麗にしてほしい」と希望  <b>事例２</b> 本人も子どもも美容師。子どもが母の髪をカットした後、入浴。 その10日後に看取り。  このように、看取りの一週間前でも入浴サービスを受けることが可能である事の例が紹介されていました。 ちょっとびっくりですね。 看取り前の入浴サービスには、少しでも気持ちのよい時間を過ごしてもらいたいというご家族の希望と、それをできるだけかなえてあげたいというスタッフの気持ちがあるようです。  そしてもう一つ大事な事は、介護と医療の連携です。情報を共有し、適切な判断がタイムリーになされることが、大切なようです。 お話を聞きながら思った事は、医療者側には、数値（データ）だけに頼る事なく、その人の全人的な背景も考慮して判断するのも、大切ではないかということです。 全人的な背景を考慮して判断すること、それは「本人や家族の希望をできるだけかなえてあげよう」という視点です。  <b>「本人の希望をかなえることができて本当によかった</b>」という思いは、<b>看取り後の家族の満足</b>につながります。 そして、スタッフにも同じ事が言えるようです。 この時の発表では、看取り後のという言スタッフの感想として<b>「マラソンを完走したような充実感」</b>という言葉が紹介されていました。  大切な人との別れの思い出が、湯船につかった時の笑顔だったとしたら、それは何よりのグリーフケアとなるでしょう。 （グリーフ：深い悲しみの事）  私もできれば、ゆったりと湯船につかり辞世の句を詠みたいと思います。 「極楽や　ああ極楽や　極楽や」 （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>日本ホスピス・在宅ケア研究会、第１６回千葉大会に参加して</title>
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		<dc:subject>終末期医療・延命治療</dc:subject>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[7月12・13日に千葉県の幕張メッセ国際会議場で行われた「、日本ホスピス・座ＩＴ区ケア研究会、全国大会in千葉」に行ってきました。 会場で出会った看護師の女性は、現場で真剣にホスピスを考える時代に来ていることを痛感していると言います。 そして、次のような事も話して下さいました。  看護師としての経験を積み年齢を重ねるとともに、看護職として患者さんや家族に言ってきたことが、本当にその人にとって良いことだったのかという疑問を持つようになった。それは、患者さんのいろいろな側面（人間関係や家族関係など）を考えるようになったからだと思う。  医療者や看護職だけではなく、介護職の人や患者さん、ご家族の方といろいろな人からいろんな話を聞きたいと思って参加したと言っていた彼女の言葉通り、多くの情報や人に出会えた二日間でした。<a href="http://secondleague.net/user/012/files/P1070563.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/P1070563_s.jpg" alt="P1070563.jpg" height="89" width="119"></a>この大会に参加して、私はある疑問について一つの結論を出すことが出来たような気がしています。 その疑問とは 胃ろうは延命治療か、延命治療とは何かという事 高齢者にとっての、延命治療とは何なのか 老衰で死ぬという事が難しくなるほど医療が発達した現在社会において、自然死とは何なのかという事 です。  そして、その結論とは 何が延命治療かは、一人ひとりが自分で決めることであり、その決断が尊重され、受容される社会である事が大切なのだという事です。 何が延命治療かなどということについて、社会通念として一つの答えを出すことはできないのではないかということです。  大会で耳にした次の言葉が、私にこの結論のヒントを与えてくれました。  ・死なないつもりの日本人 ・高齢社会は、人が死に行く社会である事 ・知るという事 ・意思表示という事 ・今困っている事、考えている事を声に出すということ ・その人の心に寄り添うという事 ・終末期においては、医療よりも介護が力を発揮する  <b>「死なないつもりの日本人」</b> かつて死は、日常の中にあったという例で示されたのが<a href="http://www2u.biglobe.ne.jp/~itou/deki/dekixx/acontentX28.htm" target="_blank">「九相詩絵巻」</a>です。  死が日常生活から遠のき、家の中ではなく病院で死を迎える事が多い現在では、死を目の当たりにする機会がなく、「死」を意識することはありません。意識していない情報は、人の頭を素通りしていきます。 けれども、人は必ず死ぬのです。おぎゃあと生まれた時から、死へ向かって歩み初めているのです。  <b>知るという事、意思表示という事</b> 人は、意識しない情報を上手に受け流す動物なのです。だから、日常から死が遠ざかっている現代社会では、終末期に関する情報は人々の頭を素通りしているのではないでしょうか。 知識なくしては何事も決めることはできません。大切な人生の終末期についても、知識がなければ、何のイメージもなく何も決めることはできないのです。あの「後期高齢者医療制度」でも「意思表示」について書かれていましたよね。 けれども今、その意思表示が出来る方は多くはいないのではないでしょうか。  <b>今困っている事、考えている事を声に出して言う事</b> 専門職でない市民の言葉だからこそ、人々の心に響くのではないでしょうか。 家族の介護や看取りで感じた事、困った事、良かった事、いろいろな問題点を声に出して言いましょう。一つひとつは小さな声だけれども、多くの声が集まって一つの力になる時がきっと来ると思います。 あの「スイミー」（レオ・レオニー作）のように。 <a href="http://www.kogakusha.com/leo/leo001.htm" target="_blank">http://www.kogakusha.com/leo/leo001.htm　レオ・レオニーの絵本「スイミー」好学社HP</a>  <b>その人の心に寄り添うという事</b> これはなくいろいろな所で聞いてきた事ですが、その意味がようやくわかりかけたような気がします。それは、その人の心に寄り添うためにも、知識が必要だという事です。  母に胃ろうを勧めたのがきっかけで持った「胃ろうは延命か」という疑問と後悔ですが、その本質もそこにあるような気がしています。それは、母に胃ろうを勧めた時の自分の知識のなさに後悔しているのだという事です。  （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>科学者の説く般若心経</title>
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		<dc:subject>死生観</dc:subject>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01284.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC01284_s.jpg" alt="DSC01284.jpg" height="119" width="89" ALIGN="left" HSPACE=20></a>３月のブログでも紹介した「般若心経」。今回は、生命科学者の柳澤桂子さんが説く「空（くう）」の世界をご紹介しましょう。 （小学館　「生きて死ぬ智慧」　文・柳澤桂子　画・堀　文子）  著者の柳澤桂子さんについて 生命科学者として将来を嘱望されながら、原因不明の難病（その後「周期性嘔吐症候群」とわかります）と闘うなか般若心経に出会いました。  私とこの本の出会いは2005年に放送されたNHKの番組。 その中で印象に残ったのは<b>「原子レベルで宇宙を見る」</b>という言葉でした。<a href="http://secondleague.net/user/012/files/SDIM0074.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/SDIM0074_s.jpg" alt="SDIM0074.jpg" height="119" width="79"></a>本のあとがきに、次のように書いてあります。  <b>私たちは原子からできている。原子は動き回っているために、この世界が成り立っている。 宇宙を原子レベルで見てみると、私のいるところ・戸棚のところも原子が密に存在する。一面の原子の飛び交っている空間の中に、ところどころ原子が密に存在するところがあるだけ  あなたもない、私もない、けれどもそれはそこに存在する。 物も原子の濃淡でしかないから、それにとらわれることもない。</b>  本文では、般若心経『是諸法空相』の訳として <b>「あなたも　宇宙のなかで　粒子でできています　　ほかの粒子と一つづきです（略）あなたという実態はないのです　あなたと宇宙は一つです」</b> 『三世諸仏　依般若波羅蜜多故　得阿耨多羅三藐三菩提』の訳として <b>「このように　過去・現在・未来の三世の人々と　三世のほとけとは永遠に存在しつづけます」</b> と書かれています。  <a href="http://secondleague.net/user/012/files/SDIM0051.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/SDIM0051_s.jpg" alt="SDIM0051.jpg" height="119" width="79"></a>  ここで思い出すのが、手塚治虫の「火の鳥」。 輪廻転生という言葉すらしらなかった小学生の頃、黎明編に出てくる猿田彦のブツブツした鼻が印象的で、そのブツブツ鼻の人物が他の物語にも登場してくる事を不思議に思いながら読みふけっていました。そして、底流に流れる「命の不思議」という事を幼心に感じていたのだと思います。  そしてもう一つ思い出されるのが「２００１年宇宙の旅」。 その昔、地上に落ちてきた黒い物体。猿が類人猿となり、やがて人類となる。文明が発達し、人類は宇宙へと旅立ち、再びその物体に出会います。 この映画のラストシーンは、とても印象的で、宇宙には何か大きな力があり、それを人は神と呼ぶのかもしれないと感じたものです。  またある時、このような言葉を聞きました。 「科学でも物理学でも、真理を追求すればするほど、その先に謎が生まれてくる。何か大きな力がそこにあるような気がする」  こうして考えてみると、この本のあとがきにも書かれていますが「お釈迦さまはものすごい天才で、真理を見抜いていた」という事でしょうか。  <a href="http://secondleague.net/user/012/files/SDIM0076.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/SDIM0076_s.jpg" alt="SDIM0076.jpg" height="119" width="79"></a>  最後に、私の悟りにも似た体験をご紹介します。 濃霧に覆われた公園を散歩していた時のことです。  頬にあたる細かい霧の粒を感じながら、目の前に広がる白い世界を見ているうちに、これが「一面の原子の飛び交っている空間」という事なのかも知れないと思ったのです。  この世界を粒子の世界で見るということは、目の前に広がる霧の世界のようなものなのかもしれない。 今、私も、公園の木々も、あのマンションも、白い霧の中にとけ込んでいる。 この世界を粒子で見てみると、こんなふうになっているのかも知れない。 そしてみんな、同じ粒つぶでつながっている。 そして、そのつながりは宇宙へと広がり、過去へも未来へも通じている。  そう考えれば、気の合わない上司も、トラブルメーカのご近所さんも、突き詰めれば同じ粒つぶ。 本物のダイヤモンドも、ガラス玉も、みんな同じ粒つぶ、ちょっと濃度や密度が違うだけ。  なんて考えるといろんな事にとらわれていること自体、何やってんだか……と思えてくるのではないでしょうか。  時には「空（くう）」の世界に心を解き放ってみませんか。  参考にしたHP <a href="http://ja-f.tezuka.co.jp/home.html" target="_blank">手塚治虫オフィシャルHP</a>  （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>医師の言葉がわからない―医師と患者のコミュニケーション考―</title>
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		<dc:subject>終末期医療・延命治療</dc:subject>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[あるテレビ番組のサブタイトル。ちょうどその頃、医師と患者のコミュニケーション」をテーマにした取材で（<a href="http://secondleague.net/user/012/012/1427.html#more" >『のんびる』6月号NPO法人地域医療を考える会・医師育成サポーター</a>）興味があった話だったので、ネットで調べてみました。 そこで見つけたのが、国立国語研究所のHPです。 国立国語研究所の調査によると、国民の約8割が、医師に言い換えたり説明を加えてほしい言葉があると感じているという事です。 国立国語研究所では、専門用語をどのように解りやすいように言い換えるのか、その参照になる手引きを作成するそうです。（中間発表：平成20年秋、本発表：平成21年春の予定）  <a href="http://www.kokken.go.jp/kanko/kokken_mado/33/02/ " target="_blank">（独）国立国語研究所HP：http://www.kokken.go.jp/kanko/kokken_mado/33/02/</a>  ところで、コミュニケーションを考える時、互いの立場にたって考えるという事も大切ですね。 最初に紹介したテレビ番組でも、「医者から『なるべく酒は控えて下さい』と言われた時は、どのように理解すればよいのか。なるべくというのは、週に何回までならいいのか」という質問が出ました。 出演していた医師の答えは「『なるべく控えて』と医師が言うときは『飲まないで下さい』と理解された方がいいのでは……」という事でした。 酒は飲まないで欲しいと否定的な『なるべく』の医師 少しでも飲みたいと肯定的な『なるべく』の患者では ここに理解の差が生まれるようですね。 人間誰しも、自分の都合のよいように解釈したいものです。かくいう私も、その一人。 医師との会話で、微妙な差を経験しました。<a href="http://secondleague.net/user/012/files/ajisai2.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/ajisai2_s.jpg" alt="ajisai2.jpg" height="119" width="119"></a> 先日「貧血かな？」と思う症状があり、調べてみたら「心臓にまで影響を及ぼすって」とありました。気になりだすと、今まで何とも思っていなかった事まで気になってくるもの。 そこで、婦人科を受診。 貧血で婦人科に直行って？ 話は、一年前の１月に遡ります。  <u><b>『自覚症状があったら』来て下さい</b></u> 『人生50年記念の人間ドッグ』病院嫌いの私が、清水の舞台から飛び降りた気持ちで受診した人間ドッグ。 その頃「子宮筋腫かな？」という『自覚症状』がすでにあった私は、医師からその事を告げられた時も「やっぱり……」と思ったのです。 そして医師は言いました。 「再検査のお知らせが行くと思います」 「<b>何か自覚症状があったら来て下さい</b>」  そして一年半後の、先生と私の会話です（注：（　）内は、私の心の声） 医師：で、昨年のドッグ以来、婦人科には受診していないの？ 私：はい 医師：自覚症状がありながら、来ないってのはどうですかね。 私：すみません。 （せやけど〈<b>他に何か〉『自覚症状』があったら</b>って先生、言わはったやん） 医師：貧血もね長年放っておいたら“心臓肥大”という事にもなるんですよ。そうなったら、一生治らないよ。 私：・・・（せやけどあの時は、貧血の事、なんにも言わへんかったやん。再検査のお知らせにも、貧血の事な〜んも書いてへんかったやん） 　人間ドッグの検査結果では、ヘモグロビンが“11.1”となっていて“L”と印字してありました。  今更ながらですが、これを冷静に判断すると、やはり<b>重視すべきは、医師の「再検査の連絡が行く」のくだり</b>ではないでしょうか。 多分<b>「再検査の連絡が行きます（ので、来て下さい）」</b>という事だったのでしょう。 けれども、病院へ行きたくない＆白衣を見ただけで血圧上昇派の私にとっては<b>「自覚症状があったら……」</b>のくだりが重要で、なおかつ、私の中で<b>「何か（他に新しい）自覚症状があったら……」</b>と自分に都合のよいように拡大解釈。  これってあのTV番組の「なるべく酒は控えた方が」の、酒を飲みたい派の患者と同じ心理なんでしょうね。  <a href="http://secondleague.net/user/012/files/ajisai1.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/ajisai1_s.jpg" alt="ajisai1.jpg" height="118" width="119"></a>  このブログで、偉そうに終末期医療や延命治療やエンディングノートについて書いておきながら、自身の健康管理についてのこのざまは何との声が聞こえてきそうで、今の私は、穴があったら入りたい……では、今回はこの辺で失礼します……→・（あな）  （松尾　陽子）]]></content>
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		<title>『のんびる』７月号取材より―７月号　日本不耕起栽培普及会</title>
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		<summary type="text/html">“田んぼ博士”への取材と聞いて、思い出すの幼い頃遊んだピンクの田んぼ 春、一面に....</summary>
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		<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja"><![CDATA[“田んぼ博士”への取材と聞いて、思い出すの幼い頃遊んだピンクの田んぼ 春、一面に咲いたレンゲを積んで、蜜を吸ったり花冠を作ったり。そして夏休みの祖父の家。目の前に広がる田んぼを見ながら歯を磨き、夜には真っ暗に広がる田んぼの前で花火に興じた後の『琵琶湖の怪談話』。水難事故の多い琵琶湖の夏の夜、腕でかかえるほどの大きな人魂が、ぼ〜ん・ぼ〜んと浮かび上がるという……。  前置きはこのくらいにして、田んぼといえば耕耘機、というぐらい「田んぼ」と「耕す」はきってもきれない縁だと思っていましたが、はたして耕さない田んぼとはいったい何でしょうか。  今月のキーワードは「0（ゼロ）」です。代表の岩澤信夫さんは、言います。 「田んぼを耕すと、そこに眠っていた草の種を起こすことになるのです。だから、田んぼに草が生えてくるのです」 「不耕起栽培の田んぼは『生き物の棲む田んぼ』です」  では、さっそく『生き物の棲む田んぼ』へご案内しましょう。  <u><b>冬の田んぼ</b></u> 稲刈りの後、ワラを敷き詰め田んぼに水を張ります。 やがてそのワラは、水中の微生物により分解され、その養分を栄養源にサヤミドロが田んぼ一面に発生するのです。 サヤミドロが光合成をして酸素を吐き出し、田んぼには水棲の生き物が発生します。  <a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC00908.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC00908_s.jpg" alt="DSC00908.jpg" height="89" width="119" ALIGN="left" HSPACE=20></a>　無数のイトミミズがいる田んぼ。イトミミズの排泄物が堆積し、トロトロ層と呼ばれる泥ができるのです。  そのトロトロ層が、雑草の種を覆ってその発芽を抑制するため、除草剤を使わなくてもよいのです。   <u><b>トロトロ層とは</b></u> 田んぼの中の泥。おそるおそる手を入れてみました。 春の陽射しをたっぷり受けたトロトロ層は、気持ちよい温かさです。手にとって見ると、ふわっとした感じで、おぼろ豆腐をもっと柔らかく、きめ細かくしたような感触。 <a href="http://secondleague.net/user/012/files/DSC00917.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/DSC00917_s.jpg" alt="DSC00917.jpg" height="89" width="119"></a> 匂いをかいでみました。 「あっこれって、どこかで嗅いだことのある。嫌な匂いじゃない。それどころか、清涼感さえ感じる香り」と興奮気味に話す背後で「でもこれ、ミミズのウンチなんだよね」  <u><b>カエルを皮切りに生き物がやってくる</b></u> 水温む頃、時には4kmも離れた所から水の匂いをかぎ分けて、カエルがやってきます。「田んぼを畑にしたから、カエルが激減したのです」と、岩澤さんは言います。  <a href="http://secondleague.net/user/012/files/otama.jpg"><img src="http://secondleague.net/user/012/files/otama_s.jpg" alt="otama.jpg" height="119" width="119" ALIGN="left" HSPACE=20></a>「おたまじゃくしがいるよ」 事務局の斉藤さんが教えてくれました。 「去年は、田んぼでカメに会いましたよ。水路でライギョを見かけたこともある」 岩澤さんは言います。 「夏には利根川から鯉が群をなしてあがってきますよ」  春先のカエルを皮切りに、鳥類、クモ・トンボ・タニシ・ドジョウと『生き物の棲む田んぼ』となるのです。  「無農薬とは、何も使わない・何も入れないという事です」ときっぱりいう岩澤さんは、その言葉通り、無農薬・無化学肥料をめざし、生産農家とともに日々研究に努めています。 何も入れない「0（ゼロ）」を目指す人の田んぼでは、微生物や植物や動物の循環という大きな環（０）を作っていました。  <u><b>伝える</b></u> 「失敗があるから今日がある」 「農業はまだまだ未完成なんです。体験して完成へと近づけていく」 岩澤さんは、失敗を繰り返し築いてきた技術を、一人でも多くの人へ伝えたいと言います。  午後の講義でも、このような一場面がありました。  標高900mにある田んぼで稲作をしたいという、そばの産地戸隠からの参加者。近くの田んぼではアキタコマチを作っているが、高地ではやはりアキタコマチを栽培すべきだろうか。アキタコマチと不耕起栽培の相性はどうだろうかという質問。寒冷地での稲作の難しさや、不耕栽培に最適な種類はコシヒカリなどという話の後「ササニシキで挑戦してみましょう」という力強い助言がありました。  最後に、この日の講座の参加者をご紹介します。  ◆カエルが好きという高校生の女の子。 ◆自給自足をしたいなと、子どもが生まれて無農薬に興味を持った新米パパ。 ◆子どもの頃は、農作業を手伝わされるのがイヤだった。けれども、やっぱり農業がしたくなったという人。 ◆趣味で畑を作っている人は多いけれど、趣味で米作りをしてみたいというサラリーマン（ご夫婦で参加）。 ◆東京で音楽活動をしていたけれど、実家（四国）へ戻る事を決意。この塾で自然の力を感じ、四国でこの農法を広めたいと豊富を語ってくれました。「ご両親も喜ばれたでしょう」と聞くと「おばあちゃんが、すごく喜んでくれました」と一段と爽やかな笑顔が返ってきました。 ◆大分からやってきたというご夫婦。今年から農家の実家を継ぐことにしたけれど、今までの稲作りに疑問を持ち、この塾に参加。今でも、実家の両親は、この農法に半信半疑だといいます。  みなさんの田んぼに、不耕起栽培の稲穂が頭を垂れる日が来る事を祈りつつ、取材を終えました。  <a href="http://www.tanbohakase.com/" target="_blank">田んぼ博士の応援隊HP：http://www.tanbohakase.com/</a>  （松尾　陽子）]]></content>
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