年間3万人が、まっしぐらにやってくるレストラン
「のんびる」11月号の「はじめる!情報」で、「起業ストーリーはブログで!」とお知らせした栃木県鹿沼市の「花農場あわの」。生活改善クラブで出合った8人の女性たちが、長年夢見た“花工房”と食との融合も、今年で9年目を迎えました。今では栃木県を代表する農村レストランとして、研修や見学に来る人たちもあとをたちません。
とにかく、周囲には田んぼと杉林のほか何もないのです。日光・足尾への抜け道と道路標識にはあったけれど、地蔵岳という山の峠を越える百曲がりの山道なので、あまりポピュラーではありません。とすると、年間3万人の人たちは、まっしぐらにここにやってきている、ということになります。栃木県下ばかりではなく、近郊県や東京からも人々がやってくる、このレストランの魅力とは何だろう?
東北自動車道を栃木インターで下りて鹿沼方向へ約20分。田んぼの向こうに人家が点在する里山風景の中を、日光へと抜ける山道に入ると、山荘風の建物が丘の上に見えてきます。道路沿いには「花農場あわの→」のサイン。これがなければ、そのまま行き過ぎてしまいそう。今は鹿沼市に合併されていますが、粟野町と呼ばれていた時代に名づけたので、レストランはそのまま「あわの」を踏襲しています。
メニューは自家製ハーブたっぷりのイタリアン
ドアを開けると、ハーブとドライフラワーの香りがふんわりと漂ってきました。ショップやレストランの壁は、ドライフラワーでつくったリースと、色とりどりのドライフラワーがところ狭しと飾られて・・・・。その香りと、テラスへと広がっていく自然光の似合う木づくりの室内が、ドライブ疲れのからだを、なんとも気持ち包み込んでくれます。
レストランのメニューは何種類かのパスタ、ピザ、パエリア、リゾット、それと肉料理のコース。朝どり野菜とハーブのサラダ、実だくさんスープなんてのもおいしそう。地元のトマトでつくったというトマトソースのスパゲッティ(ハーブサラダのせ)に、スープ、デザート、ハーブティのついた「パスタセット」と、フレッシュハーブサラダ・ビザのセット(どちらも1800円)を注文してみました。
この日、お話を聞くことになっている代表の若林ふみ子さんが、オーダーを受けると、ふらりと外に出て行きました。あれ? 窓の外に広がっている農園で何か摘んでいる。あ、ハーブです。どうやら、あれが出てくるらしい。
やってきたお料理は、味わいのある完熟の甘さがうれしいトマトソースも、柔らかな甘さが心地いいかぼちゃの冷たいスープも、デザートの梨のタルトやそば粉のシフォンケーキも、すべて、うふふのお味でした。「野菜も無農薬ですか?」と若林さんに聞いたら、「当然です」と力強いお答え。
8人全員が三ツ星レストランで修行したシェフ
実は取材の前にリサーチをしていたら、「三ツ星レストランで修行したシェフ」というガイド情報がありました。それでシェフは8人のメンバーの別にいるのだと思っていたのですが、キッチンを覗いてみると、そこにいたのは若林さんをはじめとする3人のメンバー。「三ツ星レストランで修行した」のは、当の8人全員でした。
レストランの起業ストーリーは、30年ほど前にさかのぼります。8人の女性たちの出会いは、地元の「生活改善クラブ」。これは戦後、農村女性の生活改善を求めて、全国で発足したサークルで、若林さんがお姑さんに勧められて参加したころ、栃木県では女性が自分たちで、味噌、漬物、そば、惣菜、産地直送野菜などを市場に送り出し、活発な活動をしていました。
「私たちも刺激されて、『農村女性の自立』を考え始めたんです。粟野町と姉妹提携を結んでいた墨田区の祭りに、趣味でつくったドライフラワーや、自家用で栽培した無農薬の野菜を出品したのが最初でした。でも、形が悪いということで無農薬野菜は、買ってくれない。もったいないなあ、いつかは都会の人に、本物の味を味わってもらいたいと思ったんですよ」(若林さん)
その「いつかは・・・・」が、のちのレストランにつながるのだから、「思い」というのは不思議につながっていくものです。
13年前に夢見た「いつか自分たちの花工房を」
生活改善クラブのメンバーの中に、「花が大好き」という共通項をもつ女性が何人かいました。女性たちのもうひとつの共通項は、銀行や役場、会社に勤めながら、兼業農家で野菜や花づくりをしていたこと。趣味と実益を兼ねて、ドライフラワー・クラフトを市場に出そうと考えた若林さんたちは、花ばかりではなくハーブを加えれば、もっとユニークなドライフラワー・クラフトができると、ハーブづくりも始めます。
「いつか自分たちの花工房を」と、8人が起業の夢を語り始めたのは13年前。翌年、ドライフラワー研究会を立ち上げ、リースの商品開発と販売を開始しました。
ちょうどそのころ、粟野町で持ち上がったのが「ふるさとルネッサンス事業」構想。8人は町と県から補助金を得てハーブ園を事業化しようと話し合い、実績をつくるために、リースづくりの体験教室や、出張講座を精力的に始めました。そして、放置されていたこんにゃく畑を「花農場」の候補地にして、法人化の勉強会などもスタートしたところで、町からの補助金が決定し、さっそく有限会社を設立することに。資本金300万円は8人で分担すれば1人40万円足らずですから、そう負担にはなりません。
農場構想を話し合っているうちに、「レストランも一緒にできないだろうか」、というアイディアが飛び出しました。
「でも、ハーブを料理に使いたいと考えると、やはり西洋料理なんですね。でも、私たちには西洋料理なんてとても無理。そこで話は煮詰まってしまって」(笑)
名物シェフからレストラン経営のノウハウを学ぶ
そんなとき、知り合いの県職員から紹介されたのが、食を通じた地域おこしや食育を、栃木県で熱心に続けていた名物シェフの
音羽和紀さんです。栃木県宇都宮市出身の音羽さんは、大学卒業後ヨーロッパに渡り、各地のレストランで7年間修行。「料理と土地とのかかわりの大切さ」を学んで帰国後、故郷の宇都宮市に「
レストラン・オーベルジュ」をオープン。地元の素材・料理法にこだわり、産地との交流を重ねながら、生産者と消費者をつなげる場づくりや、食を通じた地域おこしを、行政を巻き込みながらやっていたのです。
本気でやるつもりなら料理とレストラン経営のノウハウを教えよう、と音羽さんに言われた8人は、「やるっきゃない」の一心で、音羽さんのレストランに1年間修行に通うことになりました。教室は週1回、そのほかの日は「農村レストラン」と農場建設の準備です。思いのほか困難だったのが、「農業をやっているからお手のもの」を考えていた、1ヘクタールのこんにゃく畑の開墾。畑の土は「じっから」と呼ばれる砂利交じりの悪土、しかも、長らく放置していたので、一面のススキが原になっていた。これには泣いたと若林さんは言います。
「夫たちですか? 最初は『お前たちにできるもんか』って、せせら笑ってましたよ。だけど、料理の研修に毎週通いながら、こんにゃく畑を開墾する姿を見て、ようやく、私たちが本気だとわかったみたいです」(笑)
農家の主婦から、突然、レストラン・ビジネスへ。無我夢中の1年間で全員が5キロから8キロ、スリムになった1999年5月、「花農場あわの」はオープンしました。ビジネス・チャンスとしてラッキーだったのは、折からのガーデニング・ブームと、「スローライフ」「スローフード」の追い風。これに乗って着実に客足を増やし、3年目には年間2万5000人が訪れるようになっていた。
「大変だったのはオープンまでで、あとはとくに苦しかったことってないですね。あ、あります。畑の草取り。これをやるときばかりは、もうやめたいって思います」(笑)
9年間1人のメンバーも欠けない秘訣とは
始めたときは30代の後半から40代だった8人も、まもなく50代から60代になろうとしています。広い畑で続く終わりのない雑草との戦いが、以前よりも苦痛な年代になってきました。それにしても、この9年、8人のメンバーがひとりも欠けていないというのは、特筆すべきこと。若林さんに、その秘訣を聞きました。
「30年近く一緒にやってきいている仲間だから、お互いを知り尽くしている、ということはあるでしょうね。それに加えて、いくつか知恵があるんです。ひとつは
全員が2ヶ月交代で経理をやること。そうすれば経営状態をみんなが把握できるので、話し合いがとても楽になるんです。もうひとつは
仕事のローテーションを公平にし、
職種で時給を変えること。
な〜るほど。だれだってつらい畑の草取りはしたくない。とくに炎天下の夏は、調理場の仕事のほうがいいのは当たり前です。だから草取りは時給を高くする。「
お金より知恵」、「
常に公平に」、そして、最後に若林さんがあげたのが、「
家族の協力」でした。
話を聞くと納得しますが、この3つの条件、仲良しグループによる起業でも、意外と取り入れられていないように思います。NPOなどを立ち上げるときにも、肝に銘じておきたい条件です。
「家族の協力」に関しては、今では娘さんたちが「あとを継ぎたい」とアルバイトにやってきているそうです。8人の女性たちが、さまざまな協力を得ながら立ち上げた「花農場あわの」は、今では栃木県を代表する農村レストランとして、県の「農村女性起業先進事例研修」の場所となり、研修や見学に来る人たちがあとをたちません。若林さんは講演活動にも呼ばれることが多くなりました。
私たちが8人の女性たちから学べるもの
いま、農村や漁村の振興は、各県でも大きなテーマとなっています。食とクラフト体験を組み合わせた「農村レストラン」や「漁村レストラン」も各地にあります。この「花農場あわの」の例は、町の補助金や名物シェフの協力という、ラッキーな出会いはありましたが、それを「客が目当てにやってくる」レストランの実現につなげていったのは、「コミュニティ・ビジネス」を実現したいという夢を、20年間かけて着実に積み上げていった8人の女性たちの思いの強靭さと、質の追求だったように思います。
「お客さんの90パーセントは女性ですが、最近は1日ゆったり過ごしていく、定年後のご夫婦が増えました。わざわざウチにいらっしゃるリピーターが多いのがうれしいです。みなさん、ここに来るといやされる、とおっしゃるんですが、そういう“いやしの空間”であり続けたいと思います」
ハーブという魅力的な素材を媒介に、「気持ちのいい空間」、「おいしい料理」、「広いハーブガーデン」「楽しいドライフラワー・クラフトづくり」と、質を重視しながら、親しみやすいスペースに広げていった「花農場あわの」のビジネス戦略。8人の女性たちに、学べることはたくさんあります。
花農場あわの
〒322-0022 栃木県鹿沼市中粕尾423
TEL:0289-83-7787
FAX:0289-83-7788
営業時間
4月〜11月 9:00〜17:00【無休】
12月〜3月 9:30〜16:00【毎週火曜休業】
アクセス
東北自動車道栃木ICから県道293に入り、鹿沼方向へ。途中、地蔵岳経由で足尾・日光方向に抜ける山道に入る。