長谷川清美(写真中央)(㈲べにやビス代表) はせがわ・きよみ 北海道遠軽町にて昭和元年創業の穀物商を営むべにや長谷川商店店主、 長谷川清繁の長女に生まれる。2001年、豆の販売会社として㈲べにやビスを横浜で設立し、 現在代表。在来の豆と郷土食をテーマに、料理教室の運営、執筆、レシピ提供、講演、 在来豆をテーマにしたイベント、国内外のスタディツアーの催行などに取り組む。 著書に『べにや長谷川商店の豆料理』(パルコ出版)、『日本の豆ハンドブック』(文一総合出版)、 『豆くう人々』(農文協)など。
写真提供/長谷川清美
ボリビア サンタ・クルスで
2012年から始めている豆の旅も、はや12年、66ヵ国に上りました。2024年は、一大決心、
83歳の母ミヨを旅の道連れに、南米の地を踏むことに。軽い認知症を患う母を連れての南米行き、
しかも2ヵ月という長旅は、わたしにとって大きなチャレンジでもありました。
が、当の母は、わたしの不安を知るよしもなく、意気揚々、持ち前の旺盛な好奇心で怯むことなく
人々とコミュニケーションをとっていく。我が母ながらあっぱれというか、思いはことばや国境、人種を超えること、
難局を乗り越えるたくましさを只々実感するのでした。
2012年に訪問したのは、ボリビア サンタ・クルスにあるサンファンオキナワ移住地。
1955年に入植が始まって以来、現在800人の日系人が住み、和菓子づくりや味噌の仕込みなど、
日本の伝統を守る人たちが多い街ともいわれています。
前回、宴を開いてくれた北海道出身者からなる北海道人会の皆様は、元気なのだろうか? 確か母と同世代の方が数名おられたはず。さっそく、12年前にお世話になった日系2世の池田典子さんにコンタクトを取ったところ、訪問を快諾くださいました。
感謝すべきは、婦人会で豆料理講座の企画を組んでくださったこと。母ミヨを講師に、北海道の昔懐かし、
今のように食べ物が豊富にない時代の煮豆の入った「ばたばた焼き」講座をもうけていただく運びとなりました。
「ミヨのばたばた焼き」
「ばたばた焼き」は、道東のとりわけ農家でつくられていた小豆煮や金時の甘煮とじゃがいも澱粉を混ぜた餅というか団子です。昔は薪ストーブの上で油をひかず、直にタネを落として焼きました。ストーブ全体が熱くなり、
炭が赤くなる熾の状態になったその上にタネを落とすと、「バタバタッ、ジュッ、ジュッウ」といった音が出て、
それが「ばたばた焼き」の由来です。ばたばた焼きには、知る人ぞ知る、別バージョンもあります。
北海道遠軽町で「貝豆」と呼ばれる、ベージュと紫色の貝殻の模様をした道東在来のいんげん豆。
それを今の80代以上の人が「甘煮にすると、皮がやわらかく、ホクホクして美味しい」と、こよなく愛しています。
この甘煮でつくるばたばた焼きは、一枚一枚焼かず、タネをストーブの上全体に流し、もんじゃ焼きのように
流したそばから箸でぐるぐるかき混ぜ、やわらかく固まるとストーブを囲んで銘々が箸でつまんで食べます。
貝豆でつくることから「貝餅」と呼ばれ、また、昔は兄弟が多いことから、我先にと争うようにして食べることから
「喧嘩団子」という別名もあります。これらじゃがいも澱粉と煮豆でつくる軽食が、白米が乏しかった時代、
北国の人々の食を支えていたのです。ばたばた焼きの美味しさの理由は、豆のみならず、澱粉にもあります。
大量生産に入る前は、どこもそうであったように、薪の燃料でじっくり時間をかけて低温乾燥させる(未粉製法)
小さな澱粉工場が各地にありました。澱粉を自家用のじゃがいもを手間賃にしてもらい、
米にかわる北国の貴重なエネルギー源として保存していたものです。この製法の澱粉は、粒子が大きいことから、のりとコシが強く、水っぽくなりにくい。揚げ物にするとカラッと揚がり、油が汚れにくい、といういいこと尽くめの長所があります。
にもかかわらず、大量生産の時代に突入すると、こうした小さな澱粉工場は、次々に閉鎖を余儀なくされます。
現在北海道に残る未粉澱粉の製造元は、2ヵ所のみとなってしまいました。残念ながら、ばたばた焼きも、
貝餅も、つくり手の減少、冷めると硬くなる、などの理由で、その美味しさとは裏腹に、北海道民さえ知る人の少ない幻の団子になってしまいました。
ミヨのばたばた焼きは、一般の金時ではなく、道東在来の濃厚な味の「前川金時」を使うところに特徴があります。
豆と煮汁両方のコクをいかしたレシピなのですが、この濃厚な味わいをサンタ・クルスの黒いんげんとキャッサバ澱粉で再現してみました。
というのはサンタ・クルスには、じゃがいも澱粉がありません。アンデスの主食がじゃがいもなのに、なぜじゃがいも澱粉が一般に流通していないのか不思議です。 はじめて試すキャッサバ澱粉のばたばた焼きは、じゃがいも澱粉に比べてアミロペクチン(澱粉成分)が少ないのか、ややもっちり感が弱いものの、冷めても硬くなりにくいメリットがあります。ばたばた焼きをはじめて口にする皆様は、「北海道出身ですら知らなかった」と、その美味しさに感嘆していました。
・・・続きは『のんびる』1.2月号特集をご購読ください。
◆1.2月号目次◆
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