
ふせだ・さちこ
2011年、長女を出産後に脳出血を起こし、左手足に麻痺が残る。その後、持病の潰瘍性大腸炎が悪化して手術で大腸を全摘出。下肢装具をつけたまま履ける好きな靴がないという経験から、2017年に靴ブランド「マナオラナ」を立ち上げる。
新しいアクションを起こしている人に注目する連載「動くヒト」。
今回は、ご自身の病気と障がいをきっかけに、下肢装具をつけていても履けるスタイリッシュな靴ブランド「Mana’olana(マナオラナ)」を立ち上げた布施田祥子さんです。
文/中村未絵 写真/堂本ひまり
病気で好きな靴が履けなくなった
小さい頃からおしゃれが好きで、ファッション関係の仕事をしてきた布施田祥子さん。「病気になる前は靴もたくさん持っていたのですが、片麻痺(※)になって下肢装具をつけたままでは履けなくなりました。市販の介護用シューズは機能性重視のものばかり。でも、やっぱり自分が好きな靴を履きたいし、『選べる自由』がほしいと思ったんです」。
そんな布施田さんが2017年に立ち上げた靴ブランドが「Mana’olana(マナオラナ)」です。ハワイ語で「自信・希望」という意味で、スタイリッシュなデザインに加えて、片麻痺や下肢装具ユーザーが履きやすい工夫をこらした靴を扱っています。
布施田さんが片麻痺になったのは2011年、36歳のとき。長女を出産して8日目に脳出血と大静脈血栓症を併発し、集中治療室で12日間も意識不明だったそうです。
「意識は戻りましたが、左手足に麻痺が残りました。でも、当時はやりたいこともあったし、そんなに悲観的ではなかったんです」
布施田さんの「やりたいこと」とは、出産したばかりの娘を育てること。そして、大好きなアイドルグループである「嵐」のライブに行くことでした。
「数カ月後に行われる名古屋でのライブチケットが当たっていたんです。医師から車椅子になるかもしれないと言われても、『絶対に行ける』という根拠のない自信がありました」
嵐のライブに行くことを目標に掲げてリハビリに励んだ布施田さんは、奇跡的に歩けるまでに回復。入院中でしたが外泊許可を得て念願のライブにも行けたそうです。
「私ばかり…」を変えた母の言葉
退院後、片麻痺で育児をしながら家族との生活を送っていた布施田さんに、さらなる試練が降りかかります。10代からの持病だった潰瘍性大腸炎が悪化したのです。
「痛くて何も食べられないし眠れない。体重も十数キロ落ちてしまい、このときは精神的にも不安定で本当につらい時期でした」
再び入院した布施田さんは、医師から大腸を全摘出する必要があると告げられます。
「ストーマ(人工肛門)を一生つけなくてはいけないと言われたときは泣きました。片麻痺になっても頑張ってきたのに、なんで私ばっかりこんな思いをするのって……」
そんな布施田さんの気持ちを変えたのは、母親からの「あなたはいま病気でつらいと思っているかもしれないけれど、世の中には病気でなくても、いろいろな悩みを抱えて生きている人たちがいるんだよ」というひと言。その言葉で視点を切り替えられたそうです。
「起きた出来事は変えられなくても、捉え方が変わると、感情も行動も変わる。その積み重ねが未来を変える」─これは、いまも大切にしている考え方だと話します。<<<続きは本誌7.8月号で






