CASAで広がる仲間の輪

使われなくなった傘の布を縫いつなげて「かさのいえ」を初めて作ったのは、2006年夏のことです。それから一人で制作活動を続けてきて、気がつけばそろそろ20年が経とうとしています。

 なぜ、傘の布を縫いつなげることになったのかというと、当時通っていた大学での授業の課題のためでした。リサイクルやリメイクをテーマとした空間をデザインするというもので、壊れたり忘れられたりして使い捨てにされている傘が目に留まりました。

骨から生地を外して、サイズがバラバラなのも気にせず夢中で縫い合わせて、蚊帳のような四角い空間をつくりました。大学近くの公園へ持って行って吊るしてみると、近くにいた子どもたちがいつの間にか中に入って、楽しそうに遊んでくれていました。

夕日で明るく輝く傘の空間と、子どもたちのはしゃぎ声。あの時の情景はずっと心に残っていて、今も制作を続ける原動力になっています。 翌年、卒業制作として「CASA PROJECT」を始めることにしました。

傘の生地はもちろん防水であること、色・柄の種類が豊富にあること、高密度に織られていてほつれにくいこと、軽くて丈夫であること、また生地だけでなくさまざまなパーツからできていることなど、私自身が傘の魅力にのめり込み、いろいろなプロダクト(製品)を作って発表しました。

 大学卒業後は、サステナブルデザイン(※1)を学ぶために東京の大学院へ進学しました。そこでは活動を続けながら、他のさまざまな事例を調べたり、実際に見たりしました。たくさん制作を続けるうちに、東京のような都会ではいかに傘が多く使い捨てられているか、忘れられて保管しきれない傘が溢れているかを知りました。

同時に、私一人がCASAを作ったところで、問題は全然解決には向かわないのだと突きつけられました。「起業して、廃棄予定の傘を大量に仕入れ、分解し、たくさんのCASA製品を作ったら良いのでは?」というお話もいただきました。

確かにその方が捨てられる傘は減ると思いましたが、よく考えるとそれはまた大量生産の始まりで、「捨てられる傘がないと製造できない・活動は続かない」という矛盾を感じました。何より、私自身が傘の生地の色合わせをして、ミシンを踏んで制作していたいと思いました。

 私が目ざすサステナブルな未来とは何だろう。お気に入りの傘を長く大切に使って、壊れても修理して、最後には何か他のものに作り変えることを楽しむ。そんな人がもっと増えたらいいな。そのためには、私が一人で作るのではなく、一緒に作ってくれる仲間を集めるのがいいのではないか、そうすれば同時に捨てられる傘も少しずつ減っていくのではないか、と思い至りました。

 展覧会を開いたり、イベントでワークショップをしていくうちに、CASA‒memberは少しずつ増えていきました。お会いしたことのない遠方の方から、ご連絡をいただくこともありました。CASA PROJECTのコンセプトに共感して、しかもご自身も作るのが大好きという方々とたくさんつながりができたのが、とても嬉しかったです。

CASA‒memberが作った作品は、CASA‒reportという形でオンライン上に投稿してもらったり、年に一度集まって展覧会を開いたりもしました。

「かさのいえ」
子どもたちも大喜び♪


子育てを楽しみながら

そんな折、東日本大震災が起こりました。街をのみ込む大津波、かつてない原発事故。東京に居ながら何もできないでいたところ、友人づてに気仙沼でワークショップをさせていただけることになりました。

初めての、冬の東北。さぞや豪雪かと思いきや、雪は全くなく、カラッと晴れて気持ちの良い空気。もちろん魚はとびきり美味しくて、また訪れてみたいと思いました。そうしたらなんと、数年後に結婚して、気仙沼に住むことになりました。

震災後の住宅難のなか、夫が運よく一軒家を見つけてくれて、それも自由に改装して良いとのこと。早速自分のアトリエを作って、制作環境を整えました。その後、初めての出産・育児が始まりました。

子どもと過ごす毎日は想像以上に大変だけど、本当に楽しくて。とくに娘とのお絵描き&工作タイムはとても充実していて、娘からたくさん制作のヒントをもらいました。

 CASAを作る時間は減ってしまったけれど、子どもが小さいうちはそれでも全然良いと思えたし、お食事エプロンやピクニックシートなど、傘ならではのアイテムが生まれたりもしました。娘がお昼寝をしている間に、ちょこちょことハギレでブローチなどを作ったりする時間は、息抜きにもなりました。<<<続きは本誌5.6月号で

お食事エプロン
イヤリング・ピアス
ショッピングバッグ