【のんびる インタビュー】「巖さんの祈り、 見届けて」 笠井千晶さん (ドキュメンタリー監督)

写真/堂本ひまり

かさい・ちあき 山梨県生まれ。静岡放送、中京テレビ勤務をへて、
フリーのドキュメンタリー監督、ジャーナリストとして独立。
原発事故後の福島を追った長編ドキュメンタリー映画第1作品
『Life 生きてゆく』(2017年)は第5回山本美香記念国際ジャーナリスト賞
を受賞した。2024年秋、第2作『拳と祈り ―袴田巖の生涯―』が劇場公開された。

強盗殺人事件の確定死刑囚として、58年もかけて無罪が確定した袴田巖さん(※1)。
ドキュメンタリー映画『拳と祈り ─袴田巖の生涯─』が、大きな話題になっています。
監督の笠井千晶さんの目に映ったもの、受けとめた巖さんの祈りとは。聞き手・構成/濵田研吾

その人と出会えた日
─袴田巖さん(88歳)の無罪判決(静岡地裁、2024年9月26日)と劇場公開がちょうど重なりましたね。  
当初、作品を完成させようと考えたときには、まだ袴田さんの再審開始は見通しすら立っていませんでした。
私にとってはそれよりも巖さんと姉の袴田秀子さんが元気なうちに、映画を完成させたい気持ちが強かったのです。
ところが2023年、思いもよらず検察が抗告を断念し、再審開始と無罪が叶いました。
─2014年3月27日、笠井監督は約47年7ヵ月ぶりに釈放された巖さんと初めて対面します。  
確定死刑囚と面会できるのは基本的に家族と弁護人だけです。私は2002年から取材を始め、
会えない人を追いかけてきた。生きて会えないかもしれない人とやっと、しかも生きて会えたわけです。  
東京拘置所から釈放された日、私が乗るワゴン車の後部座席に、巖さんが乗り込んできた。もう正視できなくて……。
感動や感慨というより、手の届くところにいるリアルさのほうが強かった。
巖さんと同じ空間にいることを受けとめることで、精いっぱいでした。
─カメラは、釈放後の巖さんの暮らし、表情を捉えていきます。  
長い獄中生活で拘禁反応(※2)がひどく、釈放後3ヵ月間は入院されていました。
秀子さんとの暮らしが始まっても、最初のころはとくに男性への警戒心が強かった。
男性しかいない環境に、ずっと閉じ込められていたからです。そんな巖さんとどう接するのか、慎重に考えました。
できれば自分から話したくなるのを待つ。秀子さんが巖さんの暮らしを支え、傷を癒していくなかで、
私との距離感も縮まっていきました。穏やかな表情を見せてくれるようになったんです。


映画『拳と祈り ―袴田巖の生涯―』より ©Rain field Production

巖さんが祈り続ける世界
─巖さんには理解しにくい言動もありますが、話の筋は通っていて、納得させられる言葉が多かったです。
「意味不明」との報道もありましたが、私は巖さんが思い描く世界観は一貫していると感じていました。巖さんは自分を「神」と思い、自分が頂点に立つことで理想の世界を願っている。「子どもや女の人が困らない社会」「誰も虐げられないように、ばい菌(社会悪)から人を守る」とか、決して荒唐無稽ではありません。「明日、死刑執行かもしれない」という状況に置かれ、そういったことのない世界をつくり上げようと考えたのだと思います。
─「拳と祈り」のタイトルにも通じます。  
巖さんは自分の境遇に対して、怒りや恨み、ネガティブな気持ちを抱いていません。それすら超越したポジティブな世界を思い描いている。その声をきちんと受けとめ、巖さんが見ている世界を映像で伝えようと心がけました。 ─そこから巖さんの人としての魅力、ユーモアも浮かび上がってきます。  私は一時期アメリカに留学して、ドキュメンタリーの勉強をしました。そこで「ドキュメンタリーに必要なのはユーモア」と教えられたんです。ユーモアがあるからこそ、人間の奥深い部分、本質に通じる部分を伝えることができるのではないでしょうか。  巖さんと秀子さんのやりとりは、微笑ましくて、思わず笑ってしまいます。そこに私は、人のたくましさ、魅力を感じました。今回の作品で、とくに大事にしたところです。
――映画ではボクサー・袴田巖(※3)の人生も、ていねいに描いています。  
メディアでの伝えられ方の多くは、「事件の発生=巖さんの人生のスタート」という視点です。容疑者として逮捕され、そこから始まった。でも、釈放後の巖さんの姿を見ていると、それは違うと。  釈放後の巖さんからは、人間として今、何を拠りどころに生きているのか見えてきました。それはボクサーとして夢を追った日々だと、私は思ったんです。巖さんが見た風景、過ごした時間、空気感を体感してもらうことで、“事件前”の巖さんに思いを馳せてほしい。逮捕されるまでの30年、獄中での48年、釈放されてからの10年。映画を通して、分断された時間を一本の糸でつなぎたい思いがありました。 


映画『拳と祈り ―袴田巖の生涯―』より ©Rain field Production

・・・続きは『のんびる』1.2月号特集をご購読ください。
◆1.2月号目次◆
【バックナンバーのご注文】
 富士山マガジンサービスよりご注文ください。

【定期購読(年6冊)のご注文】
・パルシステム組合員の方:ログインしてご注文ください(注文番号190608)
・パルシステム組合員でない方:こちらからご注文ください

 

関連記事

ページ上部へ戻る