東京都小金井市を拠点に、ユニークな防災活動に取り組む青木紘子さん。白いヘルメットにオレンジのジャンパー姿で、ついた名前が「ヘルメット隊長」。持ち前の明るさと行動力で、今日も愛する町を東奔西走しています!
文/濵田研吾 写真/堂本ひまり
青木紘子さん

心強かった社宅のコミュニティ

 子育て(高2の長女と小4の長男)と仕事の合間をぬって活動する、「ヘルメット隊長」こと青木紘子さん。防災講座の講師、防災訓練コンサート(※1)のナビゲーター、「梶野公園まつり」実行委員長、防災ソングの弾き語りなど日々、東奔西走しています。

 隔週で出演中のFM西東京『ひろがる!ダイナマイトマンデー』(※2)では、パーソナリティとして2時間の生放送を担当。企画、構成、選曲はもちろん、気象情報や交通情報まですべてひとりでこなし、防災をテーマにしたコーナーもあります。

 多彩な活躍の原点は大学時代。在学中からミュージカル俳優として活動し、卒業後は作曲家の故・いずみたく氏主宰の「ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズ」の一員として、多くの舞台に立ちました。さらに、大学のサークル活動でバンドを組み、作詞と作曲と弾き語りまでやるのです。

 結婚を機に俳優を引退。夫は当時、災害救護や緊急支援に関わる事務方の仕事に従事していました。国内外を問わず大きな災害が起きたら、誰を派遣し、支援物資をどう送るのか、すぐ対応しなければならない仕事です。

「出産後しばらくは、都内の社宅で暮らしていました。災害が起きたら、小さい子どもや子育て中のお母さんは取り残され、夫婦共働きのお宅もあります。そうした環境なので、『○○さんのおうち、赤ちゃんがいるから声をかけよう』みたいに、災害時は助け合う雰囲気が社宅全体にありました。東日本大震災のとき、長女は2歳でしたが、とても心強かったことを覚えています」

 2011年5月、青木さんは夫の仕事の都合で小金井市に引っ越します。地域に誰も知り合いのいなかった青木さんは、市立梶野公園で活動するボランティアとして、子どもの遊び場づくりに関わるようになります。

「梶野公園は小金井市の一時避難所で、井戸やマンホールトイレなど防災機能を備えています。いろんな団体が公園運営に参画していて、年に一度の『梶野公園まつり』もあります。もともとお祭りを企画するのが好きで、救急法講座など防災がテーマのプログラムを立てました。2017年に防災士の資格を取ったのも、このお祭りがきっかけでした」

(※1)演奏会の本番中に地震が起き、観客とスタッフは屋外に避難。そのあと引き続き演奏を楽しむプログラム。
(※2)84.2MHz、月曜17~19時放送。青木さん第1・3週担当。

防災は「日常」と地続き

「ヘルメット隊長」の名は、コミュニティFMがきっかけ。大学のミュージカル研究会の仲間が、FM西東京でDJをしていた縁で、ラジオにゲスト出演。「梶野公園まつり」の宣伝をしました。その縁から、2021年スタートの10分間番組『ヘルメット隊長の西東京防災サバイバル』(月1回)につながるのです。

 番組では毎回「水害や台風への備え」「非常時にポリ袋でご飯を炊く」「災害用携帯トイレを使う」といったテーマを決め、青木さんが解説。この番組は、青木さんがパーソナリティを務める『ひろがる!ダイナマイトマンデー』のコーナーとして今も続いています。

「ラジオパーソナリティの肩書きが、私の今やっている活動の支えになっています。コミュニティFMは、地域防災との親和性もあるんです。テレビの災害報道だと、視覚的効果で恐怖を強く感じてしまいますが、ラジオはもう少し人に寄り添った放送ができます。地域の人たちの声、きめこまかい情報まで発信できます。防災を考える意味でも、もっと見直されていいメディアではないでしょうか」

 活動するうえで、青木さんがつねに念頭に置いているのが「共助」としての地域防災です。防災グッズ、備蓄食といった「自助」につながるモノの備えより、ヒトの視点に立って防災の必要性を訴えてきたのです。
<<<続きは本誌3・4月号

「防災訓練コンサート」のチラシ