ウクライナ刺繍と聞いて、白地に赤や黒の糸で装飾された民族衣装を思い浮かべる方もいるかもしれません。
そう、ウクライナは刺繍がとてもさかんな国。刺繍は魔除けのお守りで、ステッチの種類は200とも300とも言われています。
その豊かな刺繍文化を学ぶ教室で、2025年、儀式用の飾り布「ルシヌィク」を作るプロジェクトが行われました。文/やまがなおこ 写真提供/NPO KRAIANY Yevtushuk Viktor


針先に神経を集中させて
「今日のステッチはメレジュカ・クヴィティカです。まず、生地のヨコ糸を1か所切って左右に抜いていき、布地に縫い込むように始末をします。2列抜いたら、8目あけてまた2列。次には同じようにタテ糸を抜きます。糸を切る場所を間違えないように……」
ある日曜日、港区男女平等参画センター「リーブラ」の一室で、講師のイリナ・ベトロワさんが課題を説明しています。見本をよく見ようと前に集まった受講生は、イリナさんの手元をじっくり見たり写真を撮ったり。
好きな色の刺繍糸を手に席に戻って作業開始です。イリナさんは机の間をゆっくりまわりながら一人一人に声をかけています。初めて参加する筆者には「ボタンつけができるなら、刺繍もできますよ」。
最初はにぎやかだった教室はいつの間にか静かになりました。なにしろ布地の目を数えながら糸を抜き、下処理がすんだら4目、2目とまた数えながら刺繍糸を刺していくので、ぼーっとすると間違えてしまいます。
この教室は、NPO法人日本ウクライナ友好協会クラヤヌィ(以下、クラヤヌィ※1)のイリナさんが、東京の企業に勤める傍ら、10年以上続けています。イリナさんは、4歳から刺繍を始めたそうです。
「祖母から学んだんです。学生時代はあまりやらなかったし今は仕事もあって刺繍ができるのは週末だけですが、ずっと続けています」
教室では技法や図案のあらわす意味、地域ごとの特色などからウクライナの歴史や衣装の仕立て方まで、さまざまなことを紹介します。
イリナさんはこの2月には一時帰国してリヴィウにある刺繍研究所に赴き、古い民族衣装のブラウスやその復元品を紹介する動画や写真を撮ってきました。インスタグラムやFacebookでも公開しています(※2)。
ウクライナ刺繍の魅力をたずねると、受講者のみなさんは口々に話し出しました。「ステッチや図案が多様なこと」「縁飾りやレースかがり、布と布をはぎ合わせるなど、衣装を仕立てる技法があるところ」「モチーフ一つ一つが太陽や山河などの象徴で、豊穣や長寿、永遠などの願いが込められ、興味深い」「日本の伝統紋様にそっくりのステッチもあって、シルクロードでつながっているのかと感動」。
教室は初心者も、趣味の人も、手芸講師をする上級者もいっしょに教わるスタイルです。小物やウクライナの伝統的なお守り人形を作ってきて披露する人がいたり、ブラウスの仕立て方を相談していたり、月に一度の教室をそれぞれが楽しむ自由な雰囲気がありました。


祈りを込めた「ルシヌィク」
この刺繍教室で、日本人とウクライナ人とがいっしょに何かを作ろうと取り組まれたのが「ルシヌィク」プロジェクトでした。ルシヌィクは神聖を意味する白い細長い布地の両端に刺繍をほどこした、ウクライナの人にとってとても大切な儀式用の布です。
たとえば学校に入るときにはルシヌィクのアーチをくぐり、進学などで家を離れる子には親が手作りのルシヌィクを贈り、結婚式では新郎新婦がそろってルシヌィクの上に立つなど、その人を守り前途を祝う願いが込められています。
誕生、洗礼から亡くなるまで人生の節目節目の儀式に登場します。お話を伺ったクラヤヌィ副理事のイェブトゥシュク・イーゴルさんも、大学に入る際、母親が作ってくれたそうです。
プロジェクトに参加したのは、在日ウクライナ人と日本人のほか、2022年に始まったロシアによる軍事侵攻でウクライナから避難してきた女性たち。
キーウにある民族文化の研究所イワン・ホンチャール博物館にある古いルシヌィクの図案を見本に、参加者一人一人が自分の好きな色・柄・図案を選ぶところから始まりました。
毎月の教室でコツを覚え、あとは各自で進めます。自身も制作に参加したクラヤヌィ代表のコヴァリョヴァ・ナタリアさんは、「これは、刺繍した真ん中を切り取る、とても根気がいるもの。
この数えるステッチは、ちょっと間違えたら最初から全部やりなおし。ほんとうに時間がかかりました」と、作品の写真をみながら説明してくれました。
<<<続きは本誌5.6月号




