
まつい・きよたか
デコボコベース株式会社の前身であるハッピーテラス株式会社の立ち上げから取締役として参画。現場での支援経験も経て、2023年4月に代表取締役社長に就任。「凸凹が活きる社会を創る。」をビジョンに掲げて、全国422事業所を展開する。
新しいアクションを起こしている人に注目する連載「動くヒト」。
今回は、発達に特性のある子どもの療育から、大人の就労までを支える障害福祉サービスを全国展開する「デコボコベース株式会社」の代表取締役社長COO・松井清貴さんです。
文/中村未絵 写真/堂本ひまり
挫折経験からのスタート
「高校生のときから経営者になりたいと思っていました。でも、それは挫折経験からスタートしているんです」
そう話すのは「凸凹(デコボコ)が活きる社会を創る。」をビジョンに掲げるデコボコベース株式会社・代表取締役社長COOの松井清貴さん。
発達障害当事者である子どもの療育から大人の就労支援まで、0歳〜64歳を対象に切れ目のない障害福祉サービスを展開しています。
実は高校生までの松井さんは野球少年だったそう。「野球がちょっと上手で、高校は野球の名門校にスポーツ推薦で入りました。
でも、その学校はメジャーリーガーをはじめプロ野球選手になる人が何人もいるようなところ。スポーツ推薦といっても、その上には特待生と呼ばれるすごい人たちがたくさんいるんです」。
そんな周りを見て、野球部の入部からほどなくして「野球の世界で生きていくのは無理だな」と感じたという松井さん。
「じゃあ、野球がダメなら将来何をしようかと考えて、何かのトップになりたい、経営者になりたいと決めたんです。
それで高校時代に簿記の資格をとり、大学では経理のバイトをし、最初の就職では売上について学ぶため不動産会社の営業職に就きました」
そんなとき、デコボコベースの創業者であり、現在は共同代表でもある上岳史さんから「世の中を一緒により良くしていかないか?」と誘われます。
2012年に児童福祉法が改正され、子どもの通所サービスに株式会社も参入しやすくなったタイミングでした。
二度の大震災と叔母の姿
当時、「見えにくく、わかりにくい」と言われる発達障害への認知は今ほど浸透しておらず、支援体制も十分ではありませんでした。
「私は小学1年生のときに関西で阪神・淡路大震災を経験しているんです。その後、東京で大学に通っているときに東日本大震災が起きました。
二度の大震災の経験から、経営者になりたいというだけでなく、何か社会に役立つ事業がしたいとも思っていたので一緒にやることを決めました」
それまで福祉業界に接点のなかった松井さんですが、頭に浮かんだのは障害のある同い年のいとこと、彼を介護していた叔母さんの姿だったと言います。
「いとこには重度の障害があり9歳で亡くなったのですが、当時は、介護を担うのは家族だけ。そんな叔母の姿を見て、もっと社会にいろいろな支援や資源があったらいいのに、と後に感じていました」
2014年、松井さんたちは東京・中野区に最初の事業所となる放課後等デイサービス「ハッピーテラス」を開所。
最初は利用者やスタッフが集まらず苦労もしたそうですが、そこからたった十数年で、全国422事業所を展開するまでになりました。
利用者のニーズに応える形で、小中高生対象の放課後等デイサービスだけでなく、未就学児対象の児童発達支援、大人対象の自立訓練(生活訓練)、就労移行支援などにも事業内容を拡大。
利用者も、のべ4万人を超えました。これだけ拡大できた理由は、フランチャイズ形式で展開している点にあります。
「私たちは『ソーシャルフランチャイズ』と呼んでいるのですが、各地の企業やもともと学童を運営されていた団体など、私たちの思いに賛同していただいた仲間と一緒にやることで、都市部に偏りがちだった事業所が一気に広がりました。
全国カバー率は91・4%で、まだ事業所がないのは4県のみです」<<<続きは本誌9.10月号で





