市民による反戦運動が各地で広がるなか、暮らしの不安が増大しています。

物資不足や物価高の影響を真っ先に受けるのが、社会的に立場の弱い人たちです。

「公助」を担うべき国と行政の責任は、どこに消えたのか。この社会に希望はあるのか。生活困窮者支援の現場を訪ねました。

文・写真/濵田研吾


黙らず、少しずつ味方をつくる

つくろい東京ファンドは、東京都内で生活困窮者支援を続けてきた関係者が集まり、2014年に設立されました。

生活支援スタッフの小林美穂子さんは、支援を受けた人たちの居場所兼就労の場「カフェ潮の路」のコーディネーターで、ライターとして支援現場のリアルな声も発信しています。

「物価高でたいへんなときに、今回の石油危機がきました。毎日の食事や住まいに困っている人たちは、一度に何千円、何万円も払って、食料や生活必需品を買いだめできません。

カフェ潮の路では、万が一のために、食料などの備蓄をしていますが、焼け石に水です。利用者さんにトイレットペーパーをワンロールずつ渡したところで、何日も持ちません」

 物価の高騰が進むなか、生活保護費(都内単身者は住宅扶助込みで13万円前後)は上がらず、若い世代の受給者も増えています。深刻なのが、家賃の値上げです。

つくろい東京ファンドでは、住まいの確保を第一とする「ハウジングファースト」に基づき活動していますが、現実は厳しさを増しています。

生活保護の住宅扶助(単身者は上限53700円)内の物件は、都内23区ではどんどん減っています。管理費の負担などを理由に、家賃がさらに上がると、生活困窮者は住むところがなくなります。しかも─

「SNSでは、生活保護利用者や外国籍の人たちへのバッシングが激しさを増しています。自分より強い立場の人たちには矛先を向けず、仕組みに問題があることに疑問を持たず、知ることも、深く考えることもせず、安易に自分より弱い立場の人を攻撃してしまう。結局は制度の改善にもつながらず、ゆくゆくは自分の首も絞めることになります」

 つくろい東京ファンドが支援する人たちのなかには、難民認定が認められず、日本で暮らす、仮放免の外国人も少なくありません。人権擁護を訴える支援団体が増加するいっぽうで、排外的な移民・難民政策を支持する声や政治的な動きも活発化しています。こうした背景から、支援活動への公的な理解や協力を得るプロセスのなかで、多様な意見の摩擦や分断が生じています。

「生活保護バッシングにしろ、排外主義にしろ、国が弱者叩きを下支えしています。家族で飲食店を営む外国人に、『資本金は3000万以上』みたいな嫌がらせを平気でするわけです。私たち支援者が黙ってしまったら、国の思惑を受け入れることになってしまう。少しずつ味方を増やすしかないので、現場のスタッフはあきらめず奔走しています」

つくろい東京ファンドのイラスト。
市民がセーフティネットのほころびを繕う社会をイメージ
小林美穂子著『家なき人のとなりで見る社会』
岩波書店、2,090円(税込)

フェアではない社会

イラン情勢に伴う石油危機に限らず、国は万が一の災害や有事に備えて、食料や生活必需品の備蓄を呼びかけています。言い換えれば、「自己責任で買いましょう」というメッセージであり、そこに「公助」の思想はありません。

「“自己責任”って便利な言葉ですよね。それさえ口にしていれば、公の仕組みは何一つなくてもいい。モノが不足しても、政治家は自分たちの責任を棚に上げ、買いだめした人たちが悪いと責任転嫁し、対立を煽る。コロナ禍のマスクと消毒液、一昨年の米不足と同じですし、国として無責任の極みではないでしょうか」

 目の前で困っている人たちを見て、看過できずに支援の手を差し伸べる人が全国に増え、子ども食堂やフードバンクの活動が広がりました。しかし、民間が頑張れば頑張るほど、「公助」はおろそかになってしまう。支援団体としては、大きなジレンマです。

 小林さんは、生活困窮者それぞれの事情を無視し、「本人の責任」として放置する社会に対しても、「フェアではない」と訴えます。
<<<続きは本誌7.8月号